第7章 摂津 参
「これはこれは、随分と無粋な逢瀬の誘いもあったものだ」
(…光秀さん!)
背後から鼓膜を打つ低く艶のある音は、ここ数日の間でもっとも耳にした男のものであった。
凪の腹部へ回された腕をそのままに自らの胸へ背後から彼女を抱き締めた体勢で、反対の手に持った閉ざした状態の鉄扇を弄んでいた光秀は、倒れ込んだ男と梅干しを被った男、そしてもう一人の男へわざとゆっくり視線を合わせた後、ゆるりと口角を持ち上げる。
「野郎、昨日その女と店に居やがった…!」
「昨日からこの女を狙っていたなら、目の付け所だけは悪くないと褒めてやってもいい。…だが、残念だったな」
至極面白そうに笑っていた光秀であったが、そもそも笑っていたのは口元のみだった。弄んでいた扇子を緩く添えるように手で握り込み、腕の中の凪へ視線を向けながら、扇子の先で彼女の顎をそっと持ち上げて上を向かせた後、再び煽るように男達へ金色の眇めた眼を向ける。
「…これは、お前達程度の男では到底手に負えん」
挑発的な唇が音を紡ぎ、三日月を形作った。
男としての自尊心を大いに傷付けられ、真っ赤になって激昂した男が握った拳を振り上げる。
「てめえ!!」
短く声を上げ荒々しい拳を光秀へ向かって繰り出したと同時、華奢な輪郭から扇子を離した後で間近に迫る男の攻撃を即座に見切り、手首を返すようにして的確にそれを払い薙いだ。
そうして凪の身体を自らの背後へ隠すようにしてから、浅く右足を一歩踏み込み、間合いへ入り込んだ後、男の横っ面を扇子で殴打して鋭利な先端を目前でひたりと寸止めの形で突きつける。
「一度女に袖にされたなら、大人しく引き下がるのが男というものだろう?」
それは果たして凪をしつこく追い回していた男達へ向けていたものだったのか、それとも…───。
目前の扇子が寸分違わず瞳孔を傷付ける位置の紙一枚手前である事実にびくりと怯え、男は動きを止めた。
凪を背にしたままである光秀の研ぎ澄まされた眸が熱を抱いていない事を見て取り、そうしてそれまで刻まれていた口元の笑みがいつの間にか消えている事に男達が気付く。
背筋を這い上がる言い知れぬ冷たい何かを感じ、じり、と地面が擦れる短い音を立てた後、幾つかの口汚い捨て台詞を残して彼らは逃げるように立ち去って行った。