第7章 摂津 参
口元に下卑た笑みを浮かべ、粗野な身なりには不釣り合いな太刀を腰へ下げた男は、つい先日甘味処から光秀と共に尾行をした牢人であった。
よもやあの時の尾行に気付かれていたのか。即座に脳裏へ過ぎった可能性に唇をわななかせ、掴まれた腕を離そうと無理矢理身を引く。
「離して!」
恐怖を押し隠すように強めの語気で言い切った。
しかし男の手は容易に離れる筈もなく、喉奥で低く下品な笑いを発しながら、まるで品定めするよう爪先から頭までを見て、機嫌良く仲間の男へ視線を投げる。
「聞いた通り良い女じゃねえか。こりゃ啼かせ甲斐がある」
「だろ、気の強そうなとこも悪くねえ。昨日見掛けた時は野郎連れだったが、今日は居ねえみてえだからなあ」
「なあアンタ、旦那に捨てられたんなら俺達が遊んでやるよ」
「……はあ!?」
好き勝手言う男達の、下品で身勝手な言葉の応酬に凪の眉間がひくりと震えた。
どうやら牢人二人は、先日の尾行に気付いて凪へ声をかけて来たわけではないらしい。ただ単に、遊ぶ女欲しさで凪へ目を付けたという事実にある意味で安堵し、またある意味で──怒りに顔を顰めた。
「ふざけないでくれる!?こっちは急いでるの!離して…!」
光秀を探すので忙しい凪は、男達へ割く無駄な時間など持ち合わせていない。必死に声を上げるも、さすがに女の力では男に敵う筈もなく、その抵抗すら愉しんでいるかのような様子で一人が顔を近付けた。
「そうやって気ィ強い素振り見せられると、ますます啼かせたくなる」
行き交う人々は凪と三人のやり取りを目に入れ、戸惑った、あるいは案じていた様子ではあったが、男達の腰に下げられた太刀を目にするとなかなか踏み入って来ようとはしない。
逆上した際に、太刀を抜かれでもしたら血を見る事になる。そう分かっているからこそ、手出し出来ずに怯えた様子で遠巻きに見守っていた。
ひしひしと感じるその怯えた感情は、凪にも十分に伝わっている。だからこそ、どうして助けてくれないんだ、とは単純に考える事など出来なかった。
(自分でなんとかしなきゃ…!宿を勝手に出たのは私なんだから)