第7章 摂津 参
「……はい、本当は助けに向かいたいところですが…今は、この摂津で目立つわけにはいきませんから」
硬い表情のまま小さく頷いた佐助は、内心の苦々しく歯痒い思いを押し殺す。ここは摂津、織田領だ。自身の正体をまるで隠す事なく堂々と敵地を歩く主君を放っておくわけにもいかず、更に自分達の目的の為にも今はどうしても目立つわけにはいかなかった。
(…ごめん、凪さん。どうか無事でいてくれ)
心の奥で深く詫びた佐助の、常と変わらぬ無表情を視線のみで再度一瞥した謙信は意識を切り替えるよう瞼を伏せる。
この時出会った男が、件(くだん)の越後の龍、あるいは軍神と呼ばれる上杉謙信であるという事実を凪が知るのは、実際にはもう少し後の事となるのだった。
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(まさか摂津で佐助くんに会うとは思わなかったな。…でも一体何しに来たんだろう。まさか観光…とかじゃないだろうし)
佐助と謙信の二人と別れた後、唐突に渡された壺を両腕に抱えながら凪は通りを思案げに歩いていた。
相変わらず光秀らしき姿は見えず、小さく溜息を漏らす。
こんな事ならば、どの辺りで密会するのかを聞いておけばよかった。まあどの道、聞いたところであの光秀がすんなりと教えてくれるかはまた別の話なのだが。
(八千さんと亡霊さんが顔を合わせる前に、光秀さんに会わないと。……ていうか佐助くんから貰ったこの壺、中身はなんだろ)
清秀がいつ八千に接触するか分からない以上、出来るだけ早く光秀と合流したい。人混みの中に銀糸が紛れていないか確認しながら、ふと自らの腕に抱えた壺の中身にそっと首を傾げた。
刹那、背後から彼女の腕が無造作に掴まれ、ぐいと突然後方へ引っ張られる。
「っ!!?」
唐突過ぎるその事態に短く息を呑んだ凪の身体がびくりと強張り、力づくで振り向かせられれば、彼女の目の前には上背のある粗野な身なりの男三人が囲うように立っていた。
「な、なに…!?」
一人の男にいまだ腕を掴まれた状態で驚愕に目を見開くと、凪は自身の前に立ちはだかる男の内、二人に見覚えがある事に気付いて更に身を硬くする。
(甘味処に居た二人組…!)