第7章 摂津 参
「…そういう訳で、あまり遅くなると怒られてしまうので、そろそろ私はこれで失礼します」
「あ、凪さん待って」
これ以上下手な言い訳を重ねない内に立ち去ってしまおうと二人へ向かって頭を下げた凪だったが、ふと佐助が声を掛けて静止させると距離を縮めて来た。
不思議そうにしている凪の前までやって来た彼は小脇に抱えていた、顔のサイズ程の壺を凪へ差し出す。
「忙しい中、呼び止めてしまったお詫びにこれを。良かったら貰って欲しい」
「これは…なに?」
差し出されるままに壺を受け取った凪は不思議そうに首を傾げるも、佐助は中身を告げる事なく一瞬探るような眼差しを凪の背後へと投げ、そうして再び彼女へ意識を向けた。
「いざという時に、役立ててくれ」
「…え?」
何処となく真剣な声色で短く告げた佐助は、それから背後の謙信に聞こえないよう気遣いつつ、控えた調子で続ける。
「…詳しい近況報告は、お互い安土に戻ったらゆっくりしよう」
「…!!うん、わかった」
どのみち今は互いにまともに話し合える状況ではない。壺の中身が果たして一体何であるのかは問えずにいたが、凪は佐助の言葉に小さく頷き、それから謙信へ向かって軽く会釈した後で彼らとすれ違うよう通りへと歩いていった。
凪と別れてから、程なくして歩き出した佐助と謙信は行き交う人の波へとさり気ない視線を巡らせ、賑やかな町の喧騒にその存在を紛れさせる。
しばし無言のままであった謙信の後ろ姿を静かに窺った、佐助の向けている視線の意図に気付いているのか否か、一度薄い瞼を閉ざした謙信は緩慢にそれを持ち上げた後、二色の眸を僅かに眇めた。
「……あの女、つけられていたな」
「…!さすがですね。気付いてたんですか」
気配に過敏な謙信であれば当然の事とは分かりつつも、佐助はさも驚いたといった風を装って反応する。
謙信は振り返る事なく歩みを進めていたが、自身の忍の反応には些か疑念を持ったのか、眉根を顰めて視線だけを動かした。
「気配を絶ち切れていない素人の尾行に気付かぬわけがなかろう。……向かわずとも良かったのか。佐助、あれはお前の知り合いなのだろう?」