第7章 摂津 参
凪の思考を他所に、佐助の後方から姿を見せた男は薄い金色の髪を揺らし、冷たさを帯びた切れ長の左右で色の異なる眸を凪へ向ける。
「その女は…確かあの夜、本能寺近くの森に居たな」
訝しみが込められた声を耳にし、ぴくりと凪の肩が震えた。今は光秀を探さなければならない。しかし、敵であるだろう謙信と呼ばれた男に、光秀が摂津に居ると知られては色々と面倒な事になるのではないだろうか。
凪の懸念を感じ取った佐助は、涼やかな視線を注ぐ自らの主君を誤魔化そうと、おもむろに頷いてみせた。
「実は、彼女は現在安土の武家に奉公していて、あの夜は親類を訪ねて京に居たようです」
「……安土の武家へ奉公に出ている女が、何故この摂津に居る?」
なんとかフォローしてくれた佐助の話に口裏を合わせようと頷いた凪を冷たく一瞥し、謙信は淡々ともっともな疑問を口にする。
佐助にばかり助けて貰うわけにもいかず、凪は必死に思考を巡らせた後で真っ直ぐに相手の眼を見て言い返した。
「…摂津へは、ただのお使いで来ただけです」
「使いだと?」
「そうです、摂津でしか手に入らないものがあるとかで、それを買いに来ただけです」
我ながら無理矢理な言い分だとは思ったが、任務の事など正直に言える筈もない。案の定、ますます怪訝な色を帯びた眸に、次の言い訳を考えていた凪を補佐するよう、佐助が間へ割って入った。
「ああ、もしかして幻の梅干しの事?」
「え!?そ、そう!めちゃくちゃ美味しいって有名なそれを買いに…」
「……なんだと」
幻の梅干しとは何だとは言えず、佐助の言葉へ必死に同調した凪を見て、謙信は喉奥から低く声を発する。
(ていうか幻の梅干しなんて摂津にあるの!?)
梅干しの情報など知る筈もない凪が佐助へそっと視線をやれば、彼は謙信に気付かれぬよう、眼鏡の向こうで何度も両目をぱちぱちと瞬かせていた。
(え、なにそれ…もしかしてアイコンタクト?)
異様な回数の瞬きに一体何事かと疑問を持った凪だったが、佐助がやりたいのであろう事を雰囲気で察し、あくまでも自然な風を装って口を開く。