第7章 摂津 参
────…何処かの室内、昼か夜か、時間がいまいち上手く認識出来ないその場所で、二人の男が対峙していた。
一人は先日会談の場を設けた男、八千であり、もう一人はつい昨夜出会ったばかりの亡霊、清秀である。
およそ仲間内には見えないような険しい表情の八千に対し、清秀は胡散臭い笑みを貼り付けたままゆっくりと近付いていき、やがて八千の目の前で立ち止まる。
そうして笑みを刻んだ薄い唇が男の耳元へ寄せられ、何事かを囁いた。
その口元の動きがやけに鮮明に言葉を紡ぎ出し…────
「……!!」
見開いたままの眸を一度閉ざし、再度瞼を持ち上げたと同時、凪は無意識に詰めていた息を堪えきれず吐き出した。
目の前に流れた映像が霧散すると共に、眸の色が黒色へと戻った彼女はゆっくりと静まって行く鼓動を更に落ち着ける為、数度浅い呼吸を繰り返した後、ふらりと下肢に力を入れて立ち上がる。
「どうしよう…」
不安げな声がぽつりと唇から溢れる。
強制的に【見せ】られた映像を再度思い起こし、最後に清秀が八千へ囁きかけた言葉を反芻した。
否、実際には映像しか見えていない凪には、音は聞こえていない。けれど、はっきりとした唇の動きで妙な確信を得てしまったそれは、凪を焦燥させるには十分な効果を持っていた。
「いつ起きる?もしかして、これからすぐ?」
断片的なものしか伝えてはくれない、この厄介な【眼】が今はとてつもなく歯痒い。
逸る鼓動のままに、衣桁(いこう)へ掛けていた打ち掛けを羽織った凪は部屋の外に繋がる閉め切られた襖へ手をかけ、その動きを止めた。
───お前は宿の中で大人しくしていろ。決して一人では外に出るな。
宿を出る直前、光秀に言われた言葉が脳裏を過ぎる。
本来ならば、大人しく待っているべきなのだろう。しかしどうしても凪には光秀の帰りを悠長に待っている事など出来そうになかった。
「…怒られたらそれはその時、何もないならそれでいい…!」
行動を起こさず後悔するより、出来る限りの事をした方が良い。
自身を勇気づけるかのようにそう決心した凪は、一度は躊躇った手で襖を開けた。