第2章 軍議と側仕え
椀を手に、さつまいもが入った少し濃いめの味噌汁へ口をつけた凪を静かに見守っていたお千代は、音を立てぬよう気遣いながら立ち上がると、部屋の入口である障子まで歩み、そこで一度膝をついた。
「もうすぐ日も落ち切るでしょうし、行灯の灯りを持って参りますね」
「分かりました。わざわざすみません、ありがとうございます」
「貴女様はわたくしの主なのですから、敬語はお止めくださいまし。もっと気安く接してくださいな」
「こ、心掛けます」
「ええ、是非に」
やんわり諭された後で、お千代が綺麗に笑った。眦にさした濃いめの朱が妙に色めいて、同性であるのについどきりとしてしまう。
艷めく長い髪を腰の位置で結わえた彼女は凪へ頭を下げた後、部屋を後にした。締め切られた障子の向こうで彼女のすらりとした立ち姿を映す影が消えて行くのをみつめながら、再び食事に意識をむける。
香ばしい香りの焼き魚を箸でほぐしつつ、ふとその手を止めた。
「…そういえば、着替えを手伝ってくれた女中さん達からはお香のいい匂いがしたけど、お千代さんからはしなかったな…ご飯時で匂いが混ざったりするから?」
いまいちこの時代の常識を把握していない凪が、その疑問を一人で解消出来る筈もなく、取るに足らない事かと意識を切り替えた彼女は夕暮れ時が終わりを告げようとしている薄ら暗くなって来た部屋で、少し硬めの麦飯を頬張ったのだった。
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盆の上にある、厨から持って来た油皿へ満たした灯し油(ともしあぶら)と、そこに浸した麻で細く長く作った灯芯の先へ灯りを点け、揺らめくそれが風で吹き消されてしまわぬよう気遣いながら、元来た廊下を引き返す。
手にした黒塗りのそれの上には灯火用の油皿だけではなく、玉露の香り漂う湯気の立った湯呑みが一つ乗せられていた。
「千代」
不意に背後から静かに低く零された己の名に歩みを止め、お千代は緩慢に振り返る。
「あら、光秀様ではございませんか。てっきりもう御殿へ戻られたものと思っておりましたのに」
「なに、いくつか今日の内に改めたい事があったのでな。つい先程まで書庫へこもっていた」
「なるほど。それで、わたくしへお声掛けいただいたのはどのようなご用件で?見ての通り、あの御方のお部屋へ灯りを持って行って差し上げなければなりませんの」