第6章 摂津 弐
凪へ短く声をかけ、そのまま歩き出そうとした光秀の背を眺めながら、清秀は緩く首を傾げて気まぐれを起こした様子で口を開く。
「光秀殿にも一つ良い事を教えてあげるよ。…今回私が摂津で起こした【遊び】には、君がよく知る男も一枚噛んでいる。…彼との約束でもあるし…それが誰かまでは、教えてあげないけれど」
一国の城下に物々しい気配を漂わせ、人々を下らぬ噂で翻弄していながら、摂津で起こした件を単なる遊びと称した清秀の物言いに、凪はそっと顔を顰めた。
光秀は無表情のままで沈黙を保ち、足を止めて聞いていたが、やがて口元へ涼やかな笑みを刻んだ後、首だけを相手へ巡らせる形で視線を投げる。
「ご助言、感謝申し上げる。…貴殿の遊びが、過ぎた火遊びにならないよう、せいぜい手を打たせて貰うとしよう」
冷えた音に嗤いを乗せ、相手の反応を待たずに今度こそ光秀は歩き出す。立ち止まっていた凪の横を通り過ぎる刹那、彼女の投げ出されたままであった片手をすくい上げ、握り込むようにして繋いだ光秀は、それ以上背後を振り返る事なく暗闇に満ちた森の中を彼女と共に歩いて行ったのだった。
─────────…
二人分の足音だけが響く森の中、木々を縫って宿へ向かう帰り道。
沈黙の落ちた二人の空間は、これまで互いと共に過ごした時間でもっとも静寂に満ちていたものだった。
片手を握られたままで大人しく歩いていた凪は、ふと半歩前を歩く光秀の横顔を見上げる。元々必要以上に多弁ではない男ではあるが、無言であったとしても不思議と居心地の悪さを感じる事はなかったというのに。
窺った横顔はほとんど無表情であった。
怒りを押し殺している様でもなく、呆れを滲ませているわけでもない。色素の薄い美しい面(おもて)が表情を失くすと、言い知れぬ威圧感があるものなのだな、と何処か現状を逃避するかのように客観的な感想を脳裏へ過ぎらせながら、凪は視線を足元へ逃した。
(……多分、凄く心配をかけた)
意地悪だが、光秀の根底が優しい事は分かっている。
だからこそ、先程清秀の前へ無防備にも飛び出した行動に対し、光秀が肝を冷やしたのだろう事は予想が付く。
反省と罪悪感を抱きながら、しかし凪は己の行動を後悔したり、間違っていると決め付ける事はしなかった。