第6章 摂津 弐
男が真実を答えるか否かは分からなかったが、答えるというのならばいっそ訊いてみるに賭けた凪の問いに、男は小さく笑いを零して肩を揺らす。
「随分と色気のない質問だけれど…君の望みだ。偽りなく答えよう。…あの蔵の中身は、とある筋から買い付けた南蛮筒(なんばんづつ)と、それ用の火薬だよ」
「……ほう?」
思いも寄らぬ返答を耳にし、光秀の双眸が鋭く細められた。
中身を改めずともそれを耳にするだけで、もはや十分とばかりに彼はあてがっていた扇子をぱちりと音を立てて閉ざす。
やがて自分越しに凪を視界に映したままである男の様子を注意深く観察した光秀は、それが偽りではないだろう事を予測すると瞼を伏せた。
凪が不快な臭い、と称していたのは火薬の独特な臭いなのだろう。考えれば当然の事だ。彼女の世には少なくとも乱世のような争いが無い。であれば、凪が火薬の臭いを認識出来ずにいたのも納得がいった。
「火薬…だったんだ」
背後で小さく零されたそれは、光秀の心中とほとんど合致した内容のものだ。凪がどのような表情をしているのかが容易に想像出来、男の様子からしてそろそろ引き時であろうと判断して、静かに瞼を持ち上げる。
「…光秀殿の様子から察するに、そろそろ引き上げ時といったところかな。それじゃあ姫、最後に一つ…訊いてもいいかい?」
引き上げると勘付いた男は、それを特に咎める様子もない。
ただ、凪へ窺うように問いかけると、彼女の返事を待つ事なく言葉を続けた。
「君の名前を教えて欲しいな」
簡潔な問いかけを前に、凪は僅かに逡巡した後で、今名乗るべき名を小さく乗せる。
「……芙蓉」
彼女の唇から発せられた音に、男は至極嬉しそうに笑った。
いまだ硬い表情をしたままである凪を見つめ、そうしてその場から動く事なく、男は風で揺れる長い髪を片手で押さえて囁くように音を発する。
「私の名は、中川清秀(なかがわきよひで)。覚えていて、姫君」
「……行くぞ」
自らの名を名乗った男―───清秀へ凪が返事をする間を与えず、光秀は戦いの意思が無いと見て取った後で扇子を仕舞い込み、羽織の裾を翻しながら踵を返した。