第6章 摂津 弐
もっともらしい問いかけを投げかけて顔を傾げた男の眼が探りを入れるよう眇められたのを目の当たりにし、凪は動揺を殺してきっぱりと言い切った。
背筋には緊張と不安から冷たい汗が伝い、初夏にも関わらずひんやりと温度を失くして、指先の感覚が次第に失われていくような錯覚に陥る中で凪は先日告げられた光秀の言葉を思い起こす。
───下手に取り繕ってしまえば疑いが増すだろう。
「光秀さんが私を隠していたのは、傍に居たところで何の役にも立たないからです。でも、そうする事で妙な勘違いをされるのなら、いっそこうして出て来てしまった方がいい」
「……それは、どうして?」
───いっそ大胆にやり切ってしまった方が、却って怪しまれないというものだ。
凪の努めて発せられる淡々とした言葉に幾分か興味を抱いたらしい男が意外そうに目を瞬かせ、短く問いを重ねた。
緊張の所為で渇いて来た喉を叱咤し、片手の指先を握り込むよう拳を作ったままで凪は強気な表情を白い面(おもて)へ浮かべ、口元に緩やかな弧を描く。
「光秀さんは私の事なんて微塵も興味がない。…でも、私は違います。ただでさえ興味を持たれてないのに、こんな事で足手まといになるなんて、そんなの嫌ですから」
ひくり、と袖口に腕を差し込んだままでいた光秀の隠された指先が微かに震えた。彼女の放つ飾り気のない、健気で愚かな言い分が心の奥底を軋ませる。
やがて男は楽しそうに喉奥から音を発した。言い分を信じたのか否か、もしかしたらいっそどちらでも良かったのだろう彼はしかし、些か興の乗った色を滲ませて口を開く。
「じゃあ姫君は私に、光秀殿は自分の事なんてなんとも思ってない…という事をわざわざ伝えに出て来たの?」
「…そうですけど」
「なるほど、愛らしい姫君が言う事を疑うのは無粋だけれど、私は疑り深い性分でね。……だから、もっと傍へ寄って私の目を見て、証明してみせて」
凪の発言を小馬鹿にしたようにも聞こえた事に対し、つい素で憮然とした顔を浮かべた彼女に笑みを深め、男は至極残念そうに溜息を漏らした後、まるで試すかのように囁いた。
距離を詰めろという男のそれに、必死で虚勢を張っていた凪が僅かに狼狽する。