第6章 摂津 弐
表情と声色、言葉の内容がすべてちぐはぐである男を前に、凪はそっと息を呑んだ。男の態度は何もかもが現実味を帯びていない。光秀と言葉を交わし合っていてもどこか夢想に浸っているようで、危機感や緊張感というものが一切感じられないのだ。
それは絶対的な自信から来る余裕なのかと最初は思っていた。
しかし、実際は恐らくそうではない。男からは、今この瞬間にも自分の身すらどうなろうと関係ないという意思が端々から覗いていた。
浮世離れしたその雰囲気をまとうのは、自分やそれ以外の何かに一切の執着というものを持っていないから。直感的にそう感じた凪の背筋をぞくりとしたものが駆け抜けた。
(まるで全部、遊びみたい)
凪には男が果たしてこれまで何をやって来たのかなど、断片的にしか分からない。だが、彼の口から直に語られた、かつての主に対する物言いは、まるで物を壊す事に罪悪感を覚えずにそれを楽しむ無邪気な子供と同じだ。
「それは検討違いというものだ。嫌うとはそもそも正の感情が負の感情へ移り変わったもの。…俺は端から貴殿に対し、感情など持ち合わせてはいない」
「私は存外、光秀殿のそういうはっきりしたところが好きだけどね。こうしてわざわざ姿を見せたのもそれが理由だ」
「なるほど、とんだ酔狂者に好かれたものだな」
男の口ぶりは、すべてを分かっていて光秀達をこの場へ誘導したと言わんばかりだった。
鼻で短く嗤った光秀が長い睫毛を伏せ、冷たい笑みを口元に乗せる。その表情をしばらく見つめていた男は、不意に何事かを思い出した様子で、ああ、と短い音を発した。
ぬるい風が肌を撫で、色素の薄い二人の男の髪を緩く揺らしたそれが治まりを見せた頃、男の灰色の眼が光秀の背後へ流される。
「…ところで、後ろの姫君は紹介してくれないのかい?」
「…っ!!」
唐突に話を振られて凪の身体が小さく跳ねた。
光秀の閉ざした瞼が緩慢に持ち上げられ、感情の読み取れない金色の眼が男を射竦める。
「昼間もこの付近へ遊びに来てくれただろう?その時、光秀殿が珍しく愛らしい子を傍に置いていたものだから、つい気になってしまってね」
「…どうやら、噂の亡霊殿は人を覗き見る良い趣味をお持ちのようだ」
「偶然だよ。ねえ、あの子は…光秀殿の好い人?」
(……どうしよう!?)