第6章 摂津 弐
月明かりによって露わになった男を窺った凪は、驚きと共に双眸を瞬かせた。
光を浴びて煌々と輝く髪と共にその肌の色素は薄く、灰色の切れ長の涼やかな目元は秀麗で、鼻梁は高い。
半色(はしたいろ)の着流しに黒で締めた帯、藍鉄(あいてつ)色の羽織は両袖を通していながら、肩に掛けず肘の辺りで引っ掛けているだけであり、緩やかな立ち姿とあいまって男の容姿はどこか浮世離れした冷たい美しさを感じさせる。
帯と共に絡めるよう結んだ三本の飾り紐が風で揺らぎ、微かな音を立てた。
「…こうして久し振りに会えたんだ。折角だから、顔を見せて欲しいな」
世間話でもするような調子で声をかけた男に対し、光秀は瞳に熱のない色を灯す。掴んでいた凪の片腕から指先を離すと彼女を木の陰へ残したままで足を踏み出した。
程なくして光秀の姿が男の前へと露わになり、緩慢な歩みで距離を縮めては、互いの間合いを保った位置で立ち止まる。
「これはこれは…まさか貴殿とこうしてまた合間見えようとは。人を化かすは俺の十八番だというのに、残念だ」
「その割には、まったく動じた素振りを見せないのが光秀殿らしい。その顔を歪ませるにはどうすればいいのか、とつい……悪知恵を働かせてしまいそうだ」
「……おお、怖や怖や。貴殿の悪知恵は、それの程度に収まった試しがないと記憶していたがな」
「君の記憶に残ったのなら嬉しいよ。わざわざ他方へ手を回した甲斐があった。────…三年前の、あの戦も」
互いに貼り付けた笑みを崩す事なく交わされる言葉の応酬と光秀が相対している男の様子に、凪は言い知れぬ恐怖のようなものを覚えて身を竦める。
(ていうか、三年前の戦って…信長様に謀反を起こしたっていうやつだよね。手を回したっていう事は、つまり…)
凪が木の陰で思考を巡らせている間にも、男と対峙した光秀は眼を眇め、射竦めるように正面の相手へ視線を投げる。
「……やはり、貴殿か」
中途半端に切られた言葉の意図を、みなまで言わずとも勘付いた光秀の短い反応が喉奥から発せられた。
確信めいた声色に、男は飄々とした様子で、まるで瑣末事だとでも言わんばかりに肩を緩く竦める。