第6章 摂津 弐
(…光秀さんって)
片隅で思っていた事が輪郭を持ち始め、確かな形となっていく。
光秀は真っ直ぐな信頼や感情を向けられる事に慣れていないのだ。
(意地悪で、抜け目がない上に何でも出来そうで口も上手いのに。でも時々すごく不器用で)
そもそも、凪がこうして夜の森へ一緒に着いて来た理由は、最初からそうだった。危険が生じるかもしれない場所へ自分を連れて行くか内心悩んでいるだろう光秀に対し、連れて行って欲しいと口にしたのは、時折見え隠れする光秀の不器用な部分に気付いた所為だ。
(余計なお世話って思われるかもしれないけど…何かちょっと危なっかしくて放っておけないな)
ここ数日の間で起こった感情の変化に自分自身で驚きながら、凪は止めていた歩みを再開させる。
先に歩いていってしまったくせに、その足取りが途中から緩やかになっている事に気付いていた凪は、背を向けたままの光秀へ小さく笑いを零し、隣に並ぶよう踏み出した足を早めた。
──────────…
静寂の森をしばらく進んで行くと、やがて日中訪れたであろう場所で光秀は一度歩みを止めた。
相変わらず辺りは闇一面に満たされており、響くのは小さな虫の音と二人の足音ばかりで、それ以外にはここまでは特に何の気配も感じていない。
時折気まぐれに注ぐ月明かりだけを光源にしていたというのに、よくここが日中と同じ場だと気付いたなと関心しつつ、凪も周囲を見回した。
生ぬるい夜風に乗って、相変わらず不快な錆びた臭いが鼻腔をかすめる。それへ眉根を微かにひそめながら、ふと凪はこれからの事を想定し、思考を巡らせた。
亡霊が果たして何者なのかは分からないが、噂の内容によれば三年前の謀反で討ち取られた武将だという。
つまり、これから相対するかもしれない相手は、昨夜の八千とは訳が違うという事だ。光秀が自分を連れて来る事を迷った理由の一つは、亡霊相手との戦闘である。
当然凪は戦闘ともなれば、文字通り何の役にも立たない。
その時、自分がどのような対処をすべきかという事をしっかりと頭の中へ入れておかなければならなかった。
(光秀さんは、何かがあったら迷わず逃げろって言ってた。確かにその場に居たって戦える訳じゃないし、むしろ光秀さんは私を庇う形で戦わなきゃいけない)