第6章 摂津 弐
「こう明るくてはこちらも分が悪い。……加えて、亡霊が生者の前へ姿を現すのは、夜闇の中と相場が決まっている」
(という事は、夜にもう一度ここへ来るって事か)
「分かりました」
光秀の意を察し、真摯な面持ちで頷いた凪を見やると、そのまま二人は森の中を静かに引き返して行った。
──────────…
空を照らし出すものが太陽から月へと移り変わった刻限。
日中、森の中で怪しい牢人二人組を尾行した光秀と凪は、一度宿へ戻ると刻限を改め、再び森へとやって来た。
昼間に訪れた時とは異なり、真っ暗な闇に包まれている森の中には当然光源となるものはなく、また二人も何者かに気取られるのを防ぐ為、灯りの類いを持たずに進んでいる。
幸い、途中までの道のりは光秀が記憶しており、彼が悩んだ末に連れて来た凪が臭いを辿る事で目的地へ道行きは思いのほか容易だった。
ふと光秀は隣を歩く凪へ視線を向ける。
二人は日中と同じく着流しと羽織、そして打ち掛けと小袖姿であり、歩く度に静かな森の中へ凪の髪に挿された紫陽花の簪の飾りが揺れた。
本当ならば、日中のようにただ尾行しているだけの時とは異なり、どんな危険があるのかも分からないような場所へ、凪を連れて来るべきではなかった。
だが、彼女を夜の宿に一人残して来る事も懸念があった事や、本人が場所を特定出来ると言ってのけた事から、結果的にこうして傍へと置く事になったのである。
九兵衛が居たなら部下に凪の護衛を任せていたところだが、彼は現在安土へ早馬を飛ばしており、光秀からの文を信頼する部下へ届けに行っている最中であった。
今回の摂津の件は勿論の事、昨夜の会談で思わぬ情報を八千から仕入れてしまった光秀としては、どうしても確認を急ぎたい事がある。
越後の龍と甲斐の虎の生存、その真偽と情勢、各国の大名達の動き。
調べるべき事は山程ある。こうして自らが摂津に居る間は、部下達に間諜としてそれ等の情勢を探らせる必要があった。
「…わっ!」
不意に隣で小さな声が零れ、視線を向けると同時、咄嗟に差し出した両手で何かに躓いたらしい凪の身体を支える。
「あ、ありがとうございます」