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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第6章 摂津 弐



凪にだけ聞こえるよう低く呟きを漏らした後、皮肉を含めた笑いを喉奥から零した光秀は、横へ背けた状態で進行方向を窺っていた顔を相手へ向けると、不意に真摯な様子で笑みを消し去った。

「それで、何があった?」

真っ直ぐな問いを投げられ、僅かに逡巡を見せた後で意を決したように凪が顔を上げる。

「川辺で私が言った事、覚えてますか?」
「…ああ、森の中、左二の腕に左肩、だったか」
「多分、この森です」
「ほう?何故そう言い切れる」

思いもよらなかった方向からの発言に一瞬驚いた様子の光秀だったが、あの時の事を容易に忘れられる筈もない。
先日凪に告げられたそれを反芻した光秀の眼に、逸らす事のない視線を注ぎつつ硬い声で言い切った彼女へ、揶揄するでもなく静かに疑問を投げた。

「……それは、分かりません。何となくそう確信したというか」

こればかりは何故と問われても答えようがない。
困惑した様子で眉尻を下げた凪は一度視線を落とした後、次いで確信めいた迷いのない声できっぱりと言い切る。

「でも、少なくとも今起こる事ではないです。私が【見た】のは今の格好の光秀さんじゃなくて、白袴姿でしたから」
「…そうか。いずれにせよ、この森の先に亡霊の正体を暴く何かがある事は確かだろう」

凪の言葉に対し、光秀は川辺で交わした通り深くを追及して来る事はなかった。次に何かを【見た】時には、自らの口でそれを光秀に話す。そうでなければ口を割られる、といった約束は今でも有効のようだった。

緩慢に凪の身体を抱き寄せていた腕を下ろし、彼女を解放すると背を預けていた大樹の幹から身を浮かせた。
半歩下がって身を引いた凪は、それまで繋がれていた手をするりとおもむろに離すと、森の奥から感じる臭いに思わず片袖を鼻にあてがう。

「…奥の方に行くにつれて、臭いが強くなって来てます」
「あの牢人達が向かったのも恐らく同じ方向だ。…さて、一度この辺りで引くとしよう」
「いいんですか?」

最後まで追わないという事実に目を瞬かせた凪を前に、光秀は微かに頷くと、眇めた眼に鋭い色を隠し、何事かがあるのだろう森の奥へ視線を横へ流しつつ、口元に三日月の形を刻んだ。

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