第6章 摂津 弐
少し離れた先を見上げれば、修復が進んだ有崎城の天守が顔を覗かせており、向かっている先が裏道から回り込む形で城へと至るものである事を思い起こすと、光秀の中の疑念がいっそう深まった。
ざくり、と微かな音を立てて土を踏みしめた瞬間、繋いでいた凪の指先がひくりと震えた事に気付き、微かに眼を見開く。
咄嗟に振り返った光秀は凪の表情が幾分強張りをみせている事に気付き、控えた声で問いかけようとするが、無意識でそれを遮るよう彼女の唇がそっと動いた。
「…ここ」
どくり、と凪の心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
脳裏に川辺で【見た】光景が蘇り、足を踏み入れた森の中をぐるりと見回せば、つい力が入ってしまった指先が光秀の手の熱を求めた。
(……この場所だ。ここの何処かで、あれと同じ事が起きる)
一見すれば森など何処も同じような景色に見える筈ではあるが、何故か凪には妙な確信があった。
そう思い至った瞬間、弾かれたように光秀の顔を見上げる。
繋いだままの手に力を込めた事を咎める様子もなく、光秀は歩みを緩めて凪に声をかけようとしたが、その瞬間。
「────…ッ!」
「!!?」
前方から視線のようなものを感じ、繋いでいない方の片手で凪の肩を抱き寄せた光秀は、そのまま傍へ根を下ろしている大樹の太い幹の影へと背を預ける形で隠れた。
硬い胸板に顔を押し付け、片腕で光秀に抱き締められる体勢になった凪は突然の事に、先程脳裏へ過ぎったものを消し去り、緊張から身を硬くする。
森へ近付くにつれて先程から段々と色濃くなり始めていた錆びた臭いが、彼の着流しへ顔を埋める形になった事で上品で落ち着いた香りへと塗り替えられていった。
凪の身体を腕に抱き込みながら、顔だけを横へ向けて進行方向であった方角に意識を向けていたが、やがて感じ取った違和感は霧のように消え去り、強めていた腕の力を弛緩させる。
「…どうやら、勘の鋭い何者かが俺達の尾行に気付いたらしい」
「え!?」
「今は気配がないが……案外亡霊とやらは、昼日中でも活発なのかもしれんな」