第6章 摂津 弐
「あの男が声を上げた間を考えれば、答えには容易く辿り着く」
───それが本当だっつー話だ。しかもその亡霊、三年前の戦で討ち死にしたっつーあの…───
「……亡霊の人の、名前を言おうとした?」
「ご明察。お前の小さい頭にしてはよく覚えていたな」
「ついさっきの事じゃないですか…っ」
眼を瞬かせながら呟けば、正面へ視線を向けていた光秀のそれが凪を映し、微かな揶揄を孕んで細められる。
文句の言葉も今は状況が状況だけに控えめで大した効果はなく、再び意識を前方へ戻した光秀は、いつぞやに訪れた記憶を手繰り寄せ、そうしてほとんど確信に近い様子で嗤った。
「あの男達は件(くだん)の亡霊と繋がりがある。……それを裏付けるように、この先を進めば有崎城だ」
「じゃあ、亡霊の正体をあの二人は知ってるって事ですね」
光秀の無言は肯定とほとんど同義だ。
ついでに言ってしまえば、凪は当然気付いていなかったが甘味処へ足を踏み入れた時、座敷の方からにわかな殺気めいたものが飛んで来ていた。
意図的に飛ばすのならばともかく、町人に紛れて何らかを警戒しているというなら、殺気が相手に気取られてしまった時点で手練れではない事が窺い知れる。
(…あの牢人達は俺と分かった上で殺気を飛ばしていたわけではない。恐らく自分達に都合の悪い物言いをする者が居ないか、人の多く集まる場所で目を光らせていたんだろう)
加えて光秀が見咎めたもの、粗雑な身なりに不釣り合いな太刀は、見るものが見れば直ぐに気付くであろうそれがはっきりと見て取れた。
(角立ちの井桁紋、あれは池田殿の…)
光秀が太刀の鞘に捉えたのは、現在有崎城を治めている池田之助(いけだもとすけ)が掲げていた旗印と同じものである。
だが、どう考えてもあの身なりでは城務めの武士であるようには思えない。
(山城国で池田殿から届いた文、あれは八千殿と繋がりを明確にする際の口裏を合わせる事への了承の意が記されたものだった。だが…)
無言のままに思考を巡らせる光秀を他所に、男達はとうとう町の外れを抜け、そうしてそのまま森の奥へと入って行く。