第6章 摂津 弐
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光秀と凪、二人に尾行されている事に気付いているのか否か、恐らく後者であろう彼らは、日が射す明るい日中でも建物の影によって若干の薄暗さを感じる路地裏を抜け、城下町の外れへとやって来ていた。
付かず離れずの距離感を保ったまま、男達の背を追っていた凪は、町中を歩いている時とは異なり一歩前を歩く光秀の横顔を見上げる。
鋭利な視線は涼やかに眇められ、油断のない様子で二人へ視線を注いでいる様は、昨夜行われた八千との会談場での光秀の姿を彷彿とさせた。
いつも口元に刻まれている余裕の笑みは今はなく、もしかしたら本来の彼の姿はこちらなのではないかと思わしめる程の変わりようである。
「…光秀さん」
男の横顔から視線を外し、そうして歩みを進めるにつれて序々に色濃くなる違和感に、凪が控えた声量で名を呼んだ。
「どうした?」
短く簡潔な反応を受け、先程からずっと鼻に付いている色濃い臭いに、眉間の皺をぐっと深めた彼女は甘味処で感じ取ったものについて口を開く。
「甘味処であの人達とすれ違った時に、町の中で嗅いだ嫌な臭いがしたんです。お店に入った時は色んな匂いが混ざってて気付かなかったし、あの男の人達、多分他に薫物をしてると思うから、近くに来てやっと気付いて」
「……ほう、匂いを重ねて元のそれを断つ算段か」
「はい、薫物の方が結構強い感じだったので、もしかしたらそうかもしれません」
「つまりそうしなければならない程、お前の言う嫌な臭いとやらが色濃いという事だろうな」
凪の発言を耳にし、ふと光秀の口角が仄かな確信を得て緩く持ち上がった。
やはり光秀には凪の言うところの、嫌な臭いとやらはまだ感じられなかったが、あれ程不快感を露わにしていた彼女が嗅ぎ取ったのだから間違いはないだろう。嫌なもの程、記憶に残るというものだ。
「そういえば…あの時、男の人が怒ったのって、噂話の最中でしたよね。やっぱり亡霊の件と関係あるんでしょうか」
座敷席の男二人が、ちょうど有崎城の亡霊についての話を初めた途端、事が起こったのだからその可能性は多いにある。
ぽつりと呟きを落とした凪のそれに、光秀は静かな肯定を示した。