第6章 摂津 弐
店へ入る前に、甘味はともかく、と言っていた事を思い出したが、なんとなく自分だけで食べるのは気が引ける。かと言って光秀が進んで注文するとも思えないし、無理やり頼んでも二つとも食べさせられる気がして凪は内心で小さく唸った。
程なくして女将が湯気の立つ湯呑みを二つと、四角い皿へ盛られた串に刺さっていない状態のみたらし団子を黒文字(くろもじ)と共に机の中央へ置き、ごゆっくりという言葉と共に去って行く。
さり気なくみたらしの皿を凪の方へ寄せてやり、光秀は一度頬杖を解いて湯呑みへ手を伸ばした。
その仕草を前に、やはり自分で食べる気はないらしいと判断した凪は少しの間悩んだが、あまり待たせるのも良くないと思ったのか、黒文字を手にする前に光秀を一度見やる。
「いただきます」
「ああ」
短い相槌を受け、一口大の団子を刺して口へ運んだ。
柔らかな餅の食感と共に程よい甘さとしょっぱさのたれが咀嚼の度にじんわりと口内へ広がり、凪の表情が微かに綻ぶ。
そうして心なしか輝いた黒曜の眼が一度皿の上へ落ちた後、すぐに光秀へ向けられた。
「美味しいです、光秀さん」
弾んだ声が鼓膜を震わせる。
湯呑みへ軽く口をつけた後、光秀は品書きを決める間の時と同じく、頬杖をついて凪を見つめていた。
「だろうな。…その緩んだ顔を見れば、言われなくてもわかる」
どことなく穏やかな色を乗せた金色の眼が逸らされる事なく自分に向けられている事実にようやく気付き、凪の目元がさっと朱に染まる。
咄嗟に小さく息を呑み、とくりと跳ねた鼓動の存在に自分自身で驚いた凪は、いつもの口をついて出てくる文句や咎めがするりと出て来ない事に気付いた。
(……なんか、悔しい)
羞恥から来る対抗心のような感情が沸々と湧き上がり、団子を呑み下した後で僅かな間思案を巡らせ、そうして黒文字でもう一つの団子を刺すと、むんずと目の前に居る光秀の口元付近へ差し出す。
「…何の真似だ。俺はいいからお前が食え。どの道、俺が食っても…────」
「味がわかんなくてもいいです」
口元へ差し出された団子を一瞥し、やれやれと長い睫毛と共に瞼を伏せた光秀がいつもの文句を言おうとしたが、それを凪がぴしゃりと言い切る前に遮った。