第6章 摂津 弐
次いで凪自身もそこへ腰を落ち着け、無意識の内にそっと息を漏らした。
「好きなものを頼むといい…と言っても、品書きが読めないか」
「その通りです……あ!でも平仮名はなんとか雰囲気で分かるかも」
壁にずらりとかけられた木札の品書きは、先日光秀の文を見かけた時と同様、綴り文字となっている所為で解読が難しい。
品書きを見上げながら言葉を紡ぎかけた光秀を前に、かろうじて一部認識出来た文字を必死に視線でなぞる。
じっと真剣な様子で漆黒の眼を木札へ注ぐ凪の姿は、賑やかで平和な色を見せる店内では些か不釣り合いで、その様子につい口元を綻ばせた光秀は机の上に片肘を置き、頬杖をついて眸に彼女の姿を映した。
「解読は出来そうか?」
からかいと呼ぶには柔らかな調子に聞こえる声色は、あいにくと木札と睨み合っている凪の意識をかすめる事はない。
やがてようやく何らかのものを読み取ったのだろう、幾分喜色の混ざった凪にしては明るい声が光秀の鼓膜を打った。
「みたらし、はなんとか読めましたよ」
ぱっと満足げに顔色を明るくして光秀へ視線を合わせた凪を前に、彼の眼が僅かばかり見開かれる。
その光秀の反応を目の当たりにして、自分の態度を子供っぽいと思われたのだと勘違いした凪は無性に気恥ずかしくなり、すぐに気まずげな表情で誤魔化すよう視線を逸した。
(ちょっと文字読めたくらいで喜び過ぎたな…)
つい解読出来た嬉しさから素で反応してしまった事を恥じている凪を前にして、特にからかう事もなく光秀はおもむろに口を開く。
「ちなみにこの店で有名なのが、まさにそのみたらし団子らしいぞ」
「…え、そうなんですか?」
「ああ、ちょうどさっき入って来た客に女将がそう言っていた」
「よく聞こえましたね、そんなの」
「耳が良いものでな」
凪が解読に集中していた最中、店内で行われていたやり取りを片隅で耳にしていた光秀が、さらりとそんな事を言って肩を竦めてみせた。
結局注文は凪が見事解読したみたらし団子を一つと茶を二つになったのだが、甘味は凪だけに食べさせるつもりなのだろう、光秀は特に何かを注文しようとはしない。