第6章 摂津 弐
「こら、離れるな」
「わっ…!」
しかしそれは短い音と共に阻止される。
光秀の左手が咎めるようぐい、と些か強く引かれて凪の身体は呆気なく男の隣へと戻された。
二人の間にはそれを繋ぐ手があり、凪の右手は光秀の左手によってしっかりと握られている。
さすがに昨夜のような指を絡める握り方ではなく普通の手繋ぎではあるが、付き合ってもいない異性とこんな風に手を繋いで堂々と往来を歩く事になるとは思わず、凪の機嫌をますます降下させた。
そもそも、二人がこうして日中に堂々と【非情な裏切り者】と【その隠し女】として歩いているのは、この有崎城下の状況を改めて調査する為であった。
────小娘、出掛けるぞ、支度をしろ。
昼餉が終わった後でおもむろにそう告げられ、文机の前で何やら事務処理のような仕事をしていた光秀を他所に、久し振りに午前中をのんびりと過ごしていた凪が驚きを露わにしたのはつい半刻程前の事だった。
────昨日から思ってたんですけど、小娘呼びは卒業したんじゃなかったんですか。
────【その姿でいられては安易に小娘などとは呼べない】と言っただろう。つまり、今のお前はただの小娘だ。
何食わぬ顔で言ってのけた光秀に対し、一瞬言葉を失った凪は目を見開き、そうしてどこか納得したようにも見える様子で不服の色を浮かべる。
あの光秀が随分と手放しに自分を褒めてくれたものだと思ったが、素直に喜ばなくて本当に良かったと心の底で安堵した。素直に喜んでいたなら、今頃羞恥と悔しさで更に機嫌は降下していただろう。
凪としては、てっきり八千との会談が終われば自分のお役目は大方終えたとばかり思っていた。それ以上の事は素人には踏み込めない事であるだろうし、踏み込んだとしてもあまり役には立てないだろう。
せいぜい邪魔にならぬよう、大人しくしているのだと思っていた凪の思考を思い切り覆して来た光秀は、彼女の考えなどお見通しだとばかりに言葉を重ねる。
────だが、昨夜のお前は悪くなかった。【袴姿をさせていた事が悔やまれる程】にな。だから、早く支度をしろ。
────それもそういう意味で言ったんですか!