第5章 摂津 壱
淡々とした、どこか素っ気ない物言いのままで光秀が皿を受け取る。混じり合わない視線に疑問を感じ、不思議そうな面持ちの凪を視界の片隅に捉えながらも、漆黒の眼を見返す事は今この瞬間はどうにも出来なかった。
ほんの僅かでも彼女と目をあわせてしまえば、黒曜のような凪の瞳の中に、憮然とした男の顔が鏡のように映ってしまう。
それを自らで目の当たりにするのは些か決まりが悪かった。
(怒ったのかな?…でも確か会談前にもこんな感じの、あったような)
しばし凪は不思議そうに正面へ座る光秀がおもむろに食事を再開した様を眺めていたが、ふとその表情に覚えがあった気がして内心で首を捻る。
(…まあいいか。たまには仕返し、ってね)
果たして光秀の感情が実際にはどのようなものであるのかなど、分からない凪であったが、ここ数日からかわれてばかりいた意趣返しと思うようにしたらしく、特に気にせず箸を取った。
小皿の桃は最後に食べると決めているらしく、手をつけようとしない凪の膳を不意に光秀が見やる。
そうして一度箸を置き、唯一混ぜずにいた桃の乗った皿を手にするとそれを凪の膳へ置いた。
「え!?」
驚いた様子の凪が顔を上げる。
疑問がありありと浮かんだ表情はいたく素直な様で、それが無性に心の奥底をさざめかせた。
「魚の礼だ。膳の上でこれを見つけた時、随分と嬉しそうな顔していたと思ってな」
「で、でも別にあれは勝手にやった事だし…」
凪が遠慮する事などそもそも初めからわかっている。
困惑する彼女の様子に、緩く笑った光秀は視線を自らの膳の上にある、いつも通り様々なものを混ぜ込んだ茶碗へ流した。
「どのみち俺が食うならこの中へ入るのみだ。いいから黙って受け取れ」
「いや、でも」
「……俺に手ずから食わせて欲しいというならそれでもいいが」
「……い、いただきます。ありがとうございます、光秀さん」
わざと意地の悪い言葉を紡ぐと、凪は観念した様子で膳に置かれたもう一皿の桃を受け入れる。どことなく気恥ずかしそうに紡がれた礼へ短い相槌を打ち、瑞々しい白桃と凪を視界へ映した。