第5章 摂津 壱
「…よく熟れている。お前に似合いの甘さだろう」
「それ、どういう意味ですか」
「さてな。自分で考えて見る事だ」
零した音は少なからず本心だった。
甘く瑞々しい、匂い立つ淡い色の果実は、実に凪に似合う。
僅かに寄った眉根はしかし、桃を受け取った手前もあり、すぐに引っ込められた。
はぐらかす言葉を発しながら、光秀はそれまで手を付けていなかった焼き魚の皿へ視線を投げる。
骨と身とがきっちり皿の中で分けられているのは、凪が意外と几帳面な性格である事を示しているのだろう。
食べやすいよう配慮してから、皿の縁側に寄せられていた柔らかい身を箸でつまんだ光秀は、珍しくそのままを口に運んだ。
口内に受け入れたところで、身の柔らかさくらいしか認識出来ない筈のそれが舌の上を滑る。
嚥下(えんげ)したとしても、そこに何の感慨も抱く事がないと思っていた一欠片の身は、どうしてか形容しようのない、何かの味を光秀の中へと残していったような気がした。