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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第5章 摂津 壱



湯気の立ち上る湯浴み場は心地が良く、緊張感からようやく解き放たれた心地に深い息を漏らした。
洗髪の後、身体を手拭いで洗い終えた凪は自分一人で延々とこの場を占領しているわけにもいかないと、身体を暖めた後で脱衣場へと戻る。

「はー……なんかどっと疲れたな」

傍から見ればあまり大した事をした訳ではないが、現代人の凪からしてみれば心身ともに中々のハードスケジュールだ。店主の前で毒草の発言をしてしまった時は肝が冷えたが、店主に対するお咎めが無さそうで内心深く安堵する。

「…あの時、余計な事言わない方が良かったのかなって考えたけど」

濡れた髪を手拭いで拭き、寝間着用の薄手の着物へ袖を通す。
着替えの合間に呟いた言葉へ答える者などいる筈もなかったが、それでも凪の中では確信があった。

「でもきっと多分、本当に駄目だったら光秀さんが止めてるよね」

あの場ではつい頭が回らず、真っ白になってしまったが、光秀ならば自分が何を言おうとするのか、大まかな察しも付くだろう。そうすれば、光秀ならいくらでも話を誤魔化す手段などある筈だ。
意識を切り替えるよう深く息を吸い込んだ後、着替えを終えた凪は荷物を畳んで抱え、脱衣場から廊下に繋がる木戸のかんぬきを抜き去った。

「…おや、随分早かったな。もう少しかかるものかと思っていたが」
「わあっ!?」

引き戸を開けた瞬間、木戸の横へ着替え一式を片手に背を預けていた光秀が意外そうに凪を視界に映す。
突然真横から声をかけられた凪は驚いた様子で肩を跳ねさせ、短く悲鳴とはいかないまでも声を上げた。
弾かれた様子で横を見上げ、男の姿を捉えると彼女は黒々とした目を丸めて幾度か瞬かせる。

「光秀さん、もしかして湯浴みの間、ここでずっと待っててくれてたんですか?」
「…なに、飼い主としては仔犬が上手く湯浴み出来たか確認する必要があるだろう。それに、どの道俺もその後使うつもりだったからな」

そう言っておもむろに伸ばされた荷を持っていない片手が濡れた凪の毛先を軽く弄んだ。後者の言い分はともかく、前者のそれへ不服を露わにした凪は片手で光秀の腕をぐっと押し返す。

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