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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第5章 摂津 壱



(─────……さて、そろそろ頃合いか)

そんな男へ冷たい眼差しを向けていた光秀は大方の話を終えたと判断を下し、膳の上の盃を手にしてそれを呷る。
空になった盃を凪へ差し出せば、彼女は己の役目を思い出したように銚子へ手を伸ばした。

「おお、明智殿も中々いける口とみえる」
「恐縮です。しかし、八千殿程ではありませんよ」

銚子を傾け、控えめに盃へ清酒を満たした凪を見やり、一口付けた後で膳へ朱塗りのそれを戻す。そのまま流れるような所作で彼女の頬を撫で、人差し指と親指で耳朶をくすぐった。

「…っ、」

びくりと肩を思わず震わせた凪に笑みを深め、名残を惜しむかのごとくゆっくり手を引いた光秀に対し、文句を言いたい唇を必死で引き結ぶ。反射的に朱を差した頬が熱い。

「…芙蓉殿はお手掛けだというのに随分と初心なようですね、明智殿」
「そこが気に入りの一つでもあります。苛めがいがあって良い」

二人のやり取りを見ていたらしい八千が、手にした盃をぐい、と同じように呷った。
盃が空になった事を察した凪は、再びそれへ酌をするべく銚子を手にしたまま立ち上がる。

「どうぞ、おつぎします」

男の傍に膝をつき、最初と同じように盃を満たした。
半分程注いだところで、注ぎ口から数滴の酒しか出て来なくなった事と物の軽さに気付き、中身が空になった事を察する。
新しい銚子を店の人間に頼まなければならないと、凪が席を立ちかけた瞬間。

「おっと」
「あっ…!」

八千が手にした盃を取り落とし、中を満たしていた酒が凪の打ち掛けの袖を濡らした。
からん、と乾いた音が室内に鈍く響く中で小さく声を漏らした彼女は、咄嗟の事であった為、自分の所為で零してしまったのかと身を硬くする。
そんな身動きを失くした凪を尻目に、八千は彼女を案じるような素振りを見せ、懐から手拭いを取り出して人の良い振りのまま腕を取ろうとした。

「ああ、すまない芙蓉殿。袖が濡れてしまったな。腕をこちらへ」

刹那、一連の流れを視界に入れていた光秀の眼が眇られる。
ひくりと眉根を動かした男は扇子を脇息の上へ置き、短く声をかけた。

「芙蓉」

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