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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第5章 摂津 壱



「ええ、それは無論。……ところで、八千殿は御存知ですか?近頃隣国では百鬼夜行が出ると民草の間では噂が立っているとか」

ここへ至る途中、小間物屋の商売人が教えてくれた内容をそっと切り出し、光秀は八千の顔色を窺う。光秀のそれに気付く様子もなく、八千はああ、と気のない返事をして盃へ手を伸ばした。

「あれは夜な夜な隣国の廃城へ荷を運び込んでいる農民達の行列の事でしょう。余計な詮索や邪魔が入り込むのを防ぐ為、児戯(じぎ)のような噂で人払いをしているようだ」
「そうでしたか、さすがは八千殿。私などでは検討も付かぬ事でした。…しかし、果たして何者がそのような事を農民達へ指示しているのでしょう。近く戦が起こるのならば、これを機に手を組むも一興と思ったのですが」

(百鬼夜行の正体は農民の人達だったんだ。でも確かに誰がそんな事、指示してるんだろう。夜に噂まで流して…って事は知られたくない胡散臭い事してるって証拠だよね)

盃へ口を付け、今度はゆっくりと嘗めるように数口飲んだ男は、それを手にしたままで脇息へ深く凭れる。情報を得た事に気を良くしているのか、最初よりも砕けた雰囲気をまとわせて口角を上げた。

「なんでも、四年前の戦で死んだと言われていた越後の軍神と甲斐の虎が嘘か誠か蘇ったらしい。私も詳しく耳にした訳ではないが、門徒の知らせでは、その元傘下の大名が密かに織田攻めの準備を始めているとか。大方、それで軍神と虎に恩でも売るつもりなのだろう」

八千の言葉を耳にし、ぴくり、と光秀はほんの僅かに眉根を寄せる。それは一瞬の事であったが、傍で見ていた凪は彼の変化に気付いた。
それまで余裕を崩すことのなかった光秀が、少しでも反応を示したのは先の会話が初めてである。

(越後の軍神と、甲斐の虎…?)

「……ほう、それは実に面白い事を耳にしました。あの軍神と虎が生きているとは」
「北に龍と虎、西に我ら…そしてその身の内に裏切り者を飼っているとなれば、あの魔王もいよいよ冥土の道行きを歩むほかなくなるだろう。しかし、最後に奴の首を取るのは我らだ。…いや、私が首を取り、あの御方へ差し上げてみせる」

興奮しているのか、酒に酔ったのか。
顔を赤くして声を発した八千は、自身の言葉に酔い知れているようだった。

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