第2章 軍議と側仕え
(明智、光秀…───)
世間一般的に知られている本能寺の変の逸話では、彼が首謀者とされている事がほとんどだ。流石に自分が500年も後の時代からやって来た為、後の世での顛末を知っていると堂々宣言する訳にもいかず、それについては口を閉ざしていたが、現代人の凪としては、正直に言って彼が1番怪しいと思っている。
光秀はそれまで無表情のまま、一連のやり取りに対して口を挟む事なく傍観に徹していたというのに、凪の視線を受けたその直後、形の良い薄い色の唇をそっと三日月の形に笑ませた。
じっと注がれる金色の眼はそのまま凪を縫い止め、まるで挑発するかの如く、緩やかに眇められる。
小娘、何か言いたい事があるなら言ってみろ。
暗にそんな事を音もなく告げられた気がして、警鐘のような鼓動がどくどくと脈打ち始めるのを感じながら、これ以上視線を合わせているのは危険だと、不自然に思われない程度に顔を逸らし、瞼を下ろした。
(な、なんかあの人、危険な気がする…!)
閉ざした瞼の裏側にある眼球がじくじくと仄かな熱を抱く。
言い知れぬ畏怖にも似た感情に、己の【目】が波立つのを感じて、薄く開いた唇から細く息を漏らした。
「信長様」
不意に、低く艶のある音が静かな広間に波を打つ。
「光秀…?」
疑問を零したのは名を呼ばれた信長本人ではなく、秀吉だった。
信長は視線を光秀へ流しただけで、そのまま先を促す。
「恐れながら、信長様にひとつお願いがございます」
「…ほう?光秀、貴様が俺に願いを請うとはな」
それは発言を許すと同義の返答だ。
脈絡のない光秀の発言に、他の武将達も果たして何事かと興を引かれ、一点に視線が集まる。
己を落ち着かせて瞼を持ち上げた凪も、光秀が何を言うのか気にかかり、そろりと意識を向けた刹那、再び金色のそれとかち合った。
「そこの幸いを呼ぶ小娘を、少しの間私に貸していただきたいのですが」
「────…はっ!?」
「なんだと?」
「……ほう?」
思いもよらぬ光秀のそれに、凪と秀吉、信長の反応が被る。
政宗や三成、家康も声にまでは出さないも、驚いたように光秀を注視していた。
「なんで…!?」
「そうだ、あんなでも信長様が気に入られた女だ。それを光秀、お前…信長様の御前で堂々と…!」