第2章 軍議と側仕え
(今、さり気ない感じで滅茶苦茶貶されたなあ…)
光秀の発言にもまあ当然驚いたが、何故か言われた本人より驚いた風な秀吉の、フォローとは到底言い難いそれに凪がつい内心で半眼を向ける。そもそも凪はそっちの方向の話だとは、端から思っていない。
「秀吉、一体何を勘違いしている。…俺はただ、小娘に俺の任を手伝わせたい、と信長様に言ったのだが?」
「…っ、そうならそうとはっきり言え!」
少し距離を空けて向かい合う形の二人の、対称的過ぎる態度が織田軍における右腕と左腕の関係性を暗に示しているかのようだ。
特に慌てた様子もなく、ただ面白そうに笑みを深めた光秀がわざとらしい緩やかな所作で首を傾げた。
その人を食った態度を見るや一瞬息を詰まらせた後、己を落ち着かせる為に目を閉ざし、秀吉が溜息を漏らす。
「…どうでもいいですけど、本気なんですか?光秀さん。どう考えてもその女、役に立ちそうにないですけど」
「なに、使えない駒を上手く動かし、活かすのも将の務めというものだ。…いかがですか?信長様」
家康の呆れ混じりの視線を受けても笑みを崩さない光秀の言いように、反論は無駄かと内心で顔を顰めた凪が、不服の色を隠しもしないまま、上座の信長を見やった。
思考の読めぬ緋色の眼とぶつかり合った瞬間、愉しげな声が鼓膜を揺らす。
「早速俺の持ち物を城から持ち出そうとは、余程興が引かれたと見える。良かろう、好きにしろ」
「ありがとうございます」
「…信長様、宜しいのですか?」
「無事俺の元へ返して寄越すのならば、構わん」
「では明朝、早速出立する事と致します」
(どこへ…!?)
あれよあれよと凪本人の意志を問うことなく進められた目の前のやり取りに内心突っ込みつつ、光秀の唐突な話は締めくくられた。
「引き続き、城下の警戒を怠るな。俺を暗殺しようと目論んだ輩が現れた事で、これを期に謀反を企てる輩も出て来るだろう。諸国へ斥候を飛ばし、情勢を見張れ」
「はっ…!」
本能寺の件で有益な情報は今のところないと判断を下し、軍議を切り上げた信長の命に各将達が頷く中、凪は果たしてどのようにして光秀を回避すべきか、それにただひたすら頭を悩ませていたのだった。