第5章 ももいろのちかい【桃】
俺がそう言うと、くろばがふにゃりと微笑んだ。
「ばか、夢にしないでよ」
そう言いながら。
こんなくろばの表情を初めて見た気がする。
こんなに一緒に居るのに。
まだまだ俺達は知らない事ばかりだ。
「…焼肉行けなかったね」
「…あ、そういえばそうだった…!せっかくくろばが予約してくれたのに…」
「大丈夫だよ、知り合いの店だから」
本当、くろばのこういう所がめっちゃ好き。
「ん、私もさとみが大好きだよ?」
「へ…?」
「顔。だるんだるんになってる」
「う、ウソッ…!」
「ほんと」
今日のくろばは、表情が豊かだ。
普段からは考えなれないぐらい、色んな表情を見せてくれる。
「…くろば」
「ん…?」
「…好きだよ」
「…うん、ありがと」
「…愛してる」
「…うん、私も」
今までのくろばとも十分心は通じ合っていると思っていたが、今日はくろばと一緒に過ごしたなかでも、一番になるぐらいに特別な日だと思った。
「ね、くろば」
「ん?」
俺は今から言う言葉を、いつ言おうかずっとずっと考えていた。
「俺と結婚して下さい」
「…っ!!」
俺がそう言った瞬間に、くろばの目からボロボロと涙が零れる。
「くろばっ…?」
「ぅぇっ…ひっ、くっ…」
え。
まさか泣くほど嫌だった…
なんて事はないよな?
「くろば?」
「ぅっ、ふっ…ぅうっ…」
「くろば?どした?」
珍しく泣きじゃくるくろばに、軽くパニックを起こす。
「な、泣くほど嫌だった…?」
「ち、ちがっ…」
おそるおそるそう聞くと、どうやら嫌ではないらしかった。
くろばのその言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
「くろば…?」
「…ぎて」
「へ…?」
「…嬉し過ぎてっ、涙止まんなっ…ぃ」
そう俺の顔を見上げたくろばの目には、昨日よりも更に目に涙をいっぱい溜めていた。
いや、溜まるどころかとめどなく溢れている。