第14章 芳香
「ん?お前今日香水でもつけてんのか?」
「気づいてくれたんだ!嬉しいっ!あ、汽車の時間だ。じゃ、行ってくるね!依頼成功したら二人で遊びに行こ~ね!」
「行かねぇ…って聞いてねぇか。しゃーねぇなー。」
「ふーん、行くんだ。香水つけてる彼女と。」
「うおっ!リア!」
そんなに焦らなくてもいいじゃない。まるでやましいことがあるみたいだわ。
―そんな言葉を飲み込んでくるりと踵を返す。
「おい、何だぁ…?何怒ってんだあいつ。」
「スティング、お主…自分が何をしたか分かっておらぬな。」
「オレでもあの会話はどうかと思うぞ。」
「お嬢にローグまで…なんの話だ?」
「スティング、依頼の話をしに来た女性の香水の話なんてするか、普通?」
「リアはいつもお主と他の女子の話を黙って側で聞いているのだぞ。その上あのような仕打ちをするとは。」
「…。」
「お前、リアが他の男にいい匂いだなんて言われてたらどうする?」
「…ぶち殺す。」
「そういうことだ。」
―香水…か。
彼は人一倍鼻が良い。匂いにも敏感だろう。でもわざわざ気のない人に向かって匂いの話を振ったりするだろうか?
「もう、いやになったのかしら。」
「何がだ?」
後ろからかけられた声に対して驚きもせずに振り返る。彼は優しいのだ。追いかけて来てくれたのも、単に私への配慮によるものであることくらい、容易く想像できた。
「私のことが。」
「そんな訳、」
「好きでもない人を追いかけるのは辛いでしょ。別れましょ、私達。」
「何言って…。」
「ごめんね、女の子らしくなくて。」
「オイ待てって、」
「体つきもふわふわしてないし、可愛げもない、」
「リア!」
「…香水だってつけてない…。」
最後の方は声が震えていた。口に出すと自分がどれほど魅力的で無いのかを実感した。固く目を瞑ってこの時間が過ぎるのを待つ。
「えええーー!!!」
場違いな声に俯いていた私は弾かれたように彼を見た。彼の顔に広がるのは驚きのみ。何を驚いているのだろう。
「お前、香水つけてないのか?」
「…?つけた覚えはないけど。」
「だっていつもいい匂いが…してる。」
「…え?」
「何でもねぇ!!」
たちまち彼の顔に朱が登って、彼の発した言葉の意味をゆっくりと理解した私の顔も同じように染まる。