第1章 イメージチェンジ【岸辺露伴】
その日は少し違和感があった。
それは通学時、いつも前を歩いているリーマンがいないだとか、行きつけのカフェの料理の味が、いつもより塩辛いというような、取るに足らない違和感だ。
だから当然ボクがその違和感の正体に気づくことはなかったし、追求しようとも思わなかった。しかし、どんな些細なことであっても、人は潜在意識の内でそれらを気にしている。それが仮にも知人であるなら尚更だ。
「私さ〜、露伴せんせのこと好きだわ」
「……はぁ?何言ってんだ君」
「ひっどーい!それが純情な乙女に対する態度?!」
彼女は毎日遊びに来るが、ボクたちが話をするのかというと、そうではない。部屋のソファにちょこんと座り、原稿に追われているボクを静かに眺めるのが彼女の日課だった。それがその日はどうだろう。部屋に立ち込める沈黙を破ったかと思えば、ちゃんちゃらおかしなことを抜かしやがる。ボクが頓珍漢な返答をするのも致し方のないことだ。彼女は顔を顰めたボクを見て「露伴せんせ、変な顔〜」と言ってケラケラ笑った。ヘブンズ・ドアーで見てやろうかとも思ったが、こいつのことだ、どうせいつもの気まぐれに過ぎないだろうと思い、スタンドを引っこめる。
「大人をからかうんじゃあない」
時計の針は午後七時を指していた。いい頃合いだ、ここは適当にあしらって帰ってもらうとしよう。
「本気で言ってるんですよ?」
「あーはいはい、それは嬉しいなァ。帰ってくれたらもっと嬉しいんだけどなァ〜」
「酷いよ、せんせ〜……」
ボクの棒読み具合に機嫌を損ねたのか、彼女は口を尖らせて黙りこくってしまった。これだからガキはいけ好かないんだ、勝手に家に上がり込むことを許しているボクにむしろ感謝して欲しいぐらいだというのに。
知ってるか?この家に無断で入ることを許されているのは、君だけなんだからな。