第3章 飲んでも呑まれるなとは言うけれど。【ナランチャ】
「〜、水持ってきたぜ。一人で飲める?」
「…飲めない。ナランチャが飲ませて」
「しょうがねェな〜…」
ナランチャは頭をガシガシとかくと、彼女の上半身を起き上がらせた。そして口元にコップをあてがい、ゆっくりと時間をかけて飲ませていく。時折口の端から水滴を零しながら飲む姿にナランチャは釘付けになるも、すぐに慌てて目を逸らした。
「もう大丈夫か?」
「ん、もういい」
「じゃあオレはもう帰るよ。明日は正午だから、遅れるなよ」
「やだ、帰らないで」
「あのなぁ……」
彼女は、立ち上がって帰ろうとするナランチャのパレオをギュッと掴んだ。今にも泣き出しそうなぐらい震えた声と、酔っ払いとは思えないその力にナランチャはしぶしぶ元の位置に座り直す。
「…言いたいことがあるならちゃんと言えよ」
俯いて黙りこくる○○に、ナランチャはあえて素っ気ない態度をとった。そうでもしないと、今にも彼女を抱き寄せてその湿った唇を奪ってしまいそうだった。
「好きよ」
「それは知ってる。今日だけで七十回は聞いたもの」
「貴方からの"好き"は一度も聞いたことない」
「それは____」
彼女の核心を付いた一言に、ナランチャは思わず言い淀んだ。
そんな彼の心情を知ってか知らずか、彼女は押さえ込んでいた気持ちを吐露するように話し続ける。
「自由な時間は全部貴方といたいの。じゃなきゃ明日死んでしまうかもしれないでしょ。明日の夜、貴方に好きと言えないかもしれない。そう思ったら不安で仕方がないのよ。酒にでも頼らなきゃあ、こんなギャングに有るまじきこと言えないじゃあない」
シクシクと涙を流しながら、訴えかけるように彼女は言った。そしてナランチャは後悔した。一人で何でも抱え込んで、弱いところは決して見せない彼女をどこかで過信していた。酒に頼ることでしか本音を零せない、不器用で脆い目の前の彼女を見ようともしなかったのは、自分自身だったのだと。