第3章 飲んでも呑まれるなとは言うけれど。【ナランチャ】
「ナランチャ…?」
「オレも好きだ」
今言ったところで、寝て起きたら彼女の都合のいい頭は今日のことなど綺麗さっぱり忘れているだとか、そんなこと彼にとってはもうどうでもよかった。ナランチャは彼女をそっと抱き寄せると、そのまま親指で涙を拭った。彼女は状況を理解できていないようで、相変わらず焦点の合っていない目でされるがままになっていた。
「…ナランチャも私のことが好きなの?」
「あぁ、たぶんお前が思ってるよりずっとお前のことが好きだぜ。のこと、愛してる」
ナランチャは彼女の顔を両手で包み込み、そのビー玉のような瞳が自分以外に意識を向けることのないようグイッと顔を上げた。彼女は暫くパチパチと目を瞬かせていたが、やがて「私も愛してるわ」と言って笑った。
「ちゅーしてくれる?」
「本当は今すぐにちゅーしてェし、なんならお前のことめちゃくちゃにしたい。けど今日は我慢するよ。シラフのお前にちゃんと伝えることにしたんだ…そんでいい返事が貰えた時は、してやるよ。唇に、とびきり熱いやつ」
ナランチャは今にも意識が飛びそうなにも伝わるよう、ゆっくりと確かめるように言った。
は意味を理解したのかしていないのか、うっすらと柔らかな微笑を浮かべると今度こそ深い眠りへと落ちていった。
ナランチャは死体のように動かなくなった彼女を寝かせ布団を被せると、ゆっくりと足音を立てないよう部屋を出る。
アパルトメントの外に出ると、初夏の暖かな風が頬を通り過ぎて行った。