第3章 飲んでも呑まれるなとは言うけれど。【ナランチャ】
「ちゅーはしねェって。もう帰るから退けよ」
「私ナランチャと離れたくない…ッ!そんなの絶対やだッ!」
「離れねェから安心しろって、オレが家まで送ってやるから」
「ほんと?ほんとのほんとに?」
「ほんとだよ。はいい子だから、オレの言うこと聞けるよな?」
「私いい子だから、ナランチャの言う事聞けるよ。大好きよ、ナランチャ」
ナランチャが子供をあやす様に宥めれば、彼女はすんなりと引き下がった。普段チームの年下的ポジションである彼が、どちらかといえばリーダー気質のを手懐ける様子は何度見ても見慣れず、ミスタとフーゴは未だ彼女の頭を優しく撫で付ける彼と、そんな彼に甘えるように「んーー……」と気持ちよさそうな声を出し、されるがままの彼女を神妙な面持ちで眺めているのだった。
「オレたちは先に帰るよ、こいつ送ってかなきゃあなんねェし」
「あぁ、構わねぇぜ。こいつが二日酔いで明日の仕事に支障きたすようなことがあったら、俺たちが怒られるからな」
ミスタはヒラヒラと手を振り、ジョッキを机に置くと「さて、オレは店にいるかわい子ちゃんでも誘うかねぇ」と言って席を立った。
「はぁ…ほどほどにしとけよ」
「フーゴもすればいいじゃあねぇか。ほら、あそこにいるネーチャンとかどうよ」
「僕はいい。今はそういう気分じゃあない」
「そうか?んじゃ、お代はここに置いておくぜ。じゃーな」
颯爽と去っていったミスタの目は、獲物をハントする時のものに変わっていた。あの調子だと、きっとナンパは成功するだろうとフーゴは思った。あれほど周りに流されず、真っ直ぐ生きることが出来ればどんなにかいいだろうとも。
「ナランチャも行けよ、がもう限界だろ」
「あぁ、そうさせてもらうよ。、立てるか?」
「ん……」
「フラッフラじゃあねェか…肩貸してやるから、掴まれよ」
「へへ、ありがとナランチャ」
すでに意識が朦朧としているのか、焦点の合わない目で彼女はヘラりと笑った。その瞳はもはやフーゴも酒も何も写してなどいなかった。ただ一人、オレンジのバンダナがよく似合う目の前の青年を除いて。
「はぁ……飲み直すか」
一人になったテーブルで、フーゴは一人ため息を吐いた。そのため息すら、酒に混ざって消えてしまえばいいと思いながら。