第2章 露伴先生に触れようプロジェクト【岸辺露伴】
ボクの提案はこうだった。
実に単純なのだが『目をつぶって相手に触れる』というものだ。
彼女の恐怖が視覚からくるのか触覚からくるものなのか、またはその両方なのかは定かではないが、物は試しだ。
彼女もそれなら出来るかもしれないと頷き、「私は目をつぶるので、先生から触れてください」と言った。
「分かったよ」
ボクは彼女を怖がらせないようゆっくりと近づいた。
二メートル、一メートルと距離は縮まっていき、やがて彼女の隣まで来ると、ソファに腰を下ろす。
その振動で彼女の身体はビクリと反応し、ボクは思わず伸ばしかけた手を引っ込めた。
彼女を思っての行動じゃあない。
今、確かにボクは"自分が傷つかない為に"手を引っ込めたのだ。
「(ボクは何を、怯えているんだ____?)」
いつの間にか、ボクの手は彼女に負けないぐらいに震えていた。
______思えば、こんなにも二人の距離が近づいたのは彼女と初めて出会った日以来だった。
恋人からの暴力に耐え切れなくなった彼女が、逃げるように家を飛び出したところを偶然通りがかったボクが見つけ、助けたのが全ての始まりだ。
必死の形相で追いかけてきた彼女の恋人は、痣だらけの彼女とボクを交互に見ると、態度を一変させた。まぁ、この類の男によくある話だよな。
「いやぁ、すいません。俺の彼女が迷惑かけたみたいで。彼女、ちょっとおかしいんスよ。ほら、行くぞ!!」
「い、いや!!助けてください!!」
ボクはすかさずヘブンズ・ドアーでそいつに『お前はを忘れる。今後一切彼女を目にすることはできない。』と書き込み、事なきを得たが……そこに書かれてあった経歴は、およそ人として極悪非道の限りを尽くした、唾棄すべきものであったことは言うまでもない。
彼女は未成年であり、守るべき対象である。
当然ボクは、家にも居場所がないという彼女に児童施設を提案したが、それも嫌だという。
そうして何故か____これもおかしな話なのだが____彼女はボクとなら普通に意思疎通ができるというのだ。
出会ったばかりのボクに、極限状態であったとはいえ二.五メートルの壁を乗り越えられたのが何よりの証拠だった。