第9章 懺悔
―まさかそんな、
「レティ…。」
掠れる声で呟いた音は、果たして10メートル先の人物に届いたのだろうか。僅かに見える口元が、嗤った気がした。
その人物はマントのフードをそっと取り去り、今度こそ無邪気に笑った。
「久しぶり、お姉ちゃん。」
「貴女、どうして。」
「どうして、生きてるのって?」
見紛うはずはない。肩口でふわふわと揺れる私と対照的なプラチナブロンドの髪、くるりとした目、笑った時にできる頬のえくぼ。
心の底に、ずっと居た。今、妹はあの時よりも幾分大人になって目の前に存在している。
「そんなの決まってるよ。アナタを殺しに。」
私たちの間の距離が一瞬で縮まった。私は咄嗟にしゃがみこんで頭上を横切ったものを回避し、それが何だったのかを見る間もなく、後ろに飛んだ。これまでの経験で体は危機を察知して勝手に動いてくれたようだ。
でなければ、今頃彼女の足元には私の首が転がっていただろう。彼女の手には風の鎌が握られていた。そしてなおにこにこと微笑むその眼は冷え切っていた。
「…貴方、だれ?」
「私を忘れたの?お姉ちゃん?」
「あの子を馬鹿にしないで。どうやってあの子の姿形や魔法を真似たのか知らないけど、不愉快よ。」
そうだ。妹は死んだ。私はそれを乗り越えたのではなかったのか。
「死者を、妹を穢すのなら私は貴方を赦さない。」
両手に水流でできた双剣を出して構える。
「だから私なんだってば。覚えてないの?子供のころはよくマグノリアの広場…」
「黙れェ!!」
「ッと、危ないなぁ。」
知ったようにペラペラと妹のことを語る相手に我慢できず、右手に持った剣を振り払うことで放たれた高圧水流を彼女の風が受け止めて霧散させた。
「まだ信じてくれないの?じゃあ、これは?」
「…それ、は。」
彼女がマントの中から取り出したのは、小振りな牡丹が細工された金の簪だった。
紛れもない、妹しか持ち得ないものを取り出されて私は再び思考を停止させた。あれは、幼い頃に私たちが母から貰ったものだ。私の簪には大振りの牡丹があり、妹の物と合わせて一対になるように作られたものだった。妹を喪った時に一緒に弔ったはず。
しかし、妹を名乗る人物の手では簪についた歩揺が現実を突きつけるように揺れていた。