第2章 出会い
夏休み。ミーンミーンと鳴くセミの声で目が覚めた。
(伏黒くんの夢、見た気がする……)
彼の姿を夢に見るほど、絶賛伏黒ロス中の鈴は気だるげに手を伸ばしスマホを手に取る。
ーー午前10時。
(やばっ!寝坊した!!)
「お母さーん、塾始まってるよ!!」
ベッドから飛び起きて着替えだけを済ませて部屋から出てきた鈴見た母は苦笑した。肩から少し伸びた髪はひどい寝癖だった。
「鈴、今日は土曜日よ。塾はお休みじゃない?」
「あれ?」
「塾の日ならお母さんが起こしてくれるだろう」
リビングでゆったり新聞を見ていた父が笑う。いつも仕事で昼間はいないから何だか新鮮だ。
「そうだっけ…」
鈴は乱れた髪を手で梳きながらダイニングテーブルの椅子に腰掛ける。
毎日夏期講習に通う日々。帆花や絵里奈とたまに遊んでいるが、夏休みらしいことは何もしていない。もちろん伏黒とは一切音沙汰なしだ。
(やっぱり連絡先聞いとけばよかったかな)
作りたての朝食のプレートがテーブルに置かれた。果物がたっぷり散りばめられたフレンチトーストは鈴の大好物。とたんに上機嫌になる。母は料理上手だ。
「いただきまーす」
「そうそう、鈴もおじいちゃんのお見舞いに行くでしょ?」
「あ、今日だった?」
おじいちゃん、というのは父方の祖父。10年ぐらい前に脳出血で倒れて以来寝たきりでずっと東京の病院に入院している。
「おじいちゃんね、もうあまり良くないらしいのよ」
そう言われても、鈴には元気だった祖父と話した記憶がない。だから悲しいとかそういった記憶は湧いてこない。
ただいつも優しい父の気持ちを思うとやりきれない。