第8章 不可逆的欠損
答えあぐねていると、今剣はそれを拒絶と受け取ったらしい。
「……きゅうにはだめですよね」
残念そうに、気落ちしたように聞こえるのは都合のいい解釈かもしれない。
けれど私に気を遣わせないように浮かべた笑顔が、どこか悲しそうに見えたのは、私の気のせいなのか?
「それじゃあるじさま、あのはおりをかしてくれませんか?」
今剣が指さしたのは、私がいつも着ている、なんの変哲もない羽織だった。
今日も着ていたし、着古したそれは人に貸すような代物ではない。
今剣がそんな指定をする理由がわからなかった。
もっと暖かい羽織もあるし、なんなら布団もある。
「いいけど……あんなのでいいの? 布団出そうか?」
「あのはおりがいいんです」
今剣はニコっと笑むと、私から羽織を受け取った。
確かめるように羽織をぎゅっと抱き、ありがとうございますと言って部屋を出ていく。
突然の出来事に、しばらく放心したように動けなかった。
“今剣が戻ってきた。”
そんな考えが、頭の中で回転灯のようにぐるぐるしていた。