第8章 不可逆的欠損
“また”か――
靄の中から、意識が浮上してくる。目蓋をゆっくり開くと、あたりはまだ真っ暗だった。
どうやって眠りについたのか、記憶が霞みがかっている。
たしか、事務処理でわからないことがあり、政府に問い合わせたんだったか。
AI対応だったが目当ての解決策を見つけられず、担当官に繋いでもらおうとした。
しかし担当官は不在でわからずじまい。
自分でいろいろ調べている内に、夕食の時間になっていた。
いつの間に眠っていたんだろうか。
担当官とは特別親しい仲ではないが、きっと“変わらない”対応をしてくれただろう。
たぶんそれは、私が今最も欲しているものだ。
「――あるじさま」
ふいに、襖の外で声がした。ぼんやりしていた意識の中、突然呼びかけられて肩がびくりと跳ねる。
呼びかけてきた声は聞き慣れた――今剣の声。
今晩は一人で、しかも話しかけてくるパターンらしい。
「はいってもいいですか?」
「えっ……う、うん」
時計を見ると、丑三つ時。つまり深夜だった。
断るまでの理由はないが、快諾する時間帯でもない。
しかしこの本丸の運営者としては、断るわけにはいかなかった。
襖を開くと、普段より一層青白い顔をした今剣がそこにいた。
血よりも赤い瞳は、虚空をぼんやりと見つめている。
焦点が合っていないのは、眠いからなのか、それ以外の理由なのかはわからない。
心なしか手足が細くなったような気がする。