第6章 初期化された祈り
「……どうしたんだ?」
「…………」
審神者は何も答えない。
砕けた湯のみに目を向けることもなかった。
ゆっくりと背を丸めていき、その手で顔を覆う。明らかに様子がおかしい。
「具合でも悪いのか?」
結界を張っていてよかったのか、今さら不安になってきた。この結界は、前田のところの審神者からもらったものだ。
「私の霊力を元に、腕利きの技術者が製作した簡易結界です。必要なときがあればお使いください」
彼女はそんなふうに言っていた。
結界の気配もなく、遮音性に優れるこの結界がなければ、さっきの音を聞きつけて誰かが部屋にやってきたはずだ。
鶯丸が話をしに来たことを聞いては、すぐさま近侍に「しばらく二人にしてください」と言った審神者を、近侍だけでなくほかの男士も怪訝そうに見ていた。なんか、それ多くない? とでも思われていたのだろう。
確かに、ほんの数日間の内に、何回も神妙な感じに話をしに行っている。そんな視線を向けられても仕方がない。
「無理に話を続けなくても――」
「少し……待ってください……」
話を切り上げようとしたが、鈍く遮られる。
やっと絞り出された声は、過呼吸一歩手前でひどく苦しげだった。爆発しそうななにかを、寸前で必死に押し止めているような。その顔は手で覆われており、表情はわからない。
彼になにが起きたのか全くわからないが、声音ははっきりと会話を拒否していた。
彼がこんな、明確に拒絶を示すとは意外だった。
数日ではあるが、温厚で少し気弱で、頼まれたら断れない人柄は窺い知れたからだ。
鶯丸は彼の言葉に従い、黙ることにした。
彼は自らの内で、必死になにかを黙殺、あるいは咀嚼しているように見える。
1分にも10分にも思える時間が経ち、審神者がその顔をゆっくりあげた。
心なしか、目元のクマが濃くなったようにも見える。額にはうっすら汗をかいていた。
「申し訳ありません。続けていただけますか」
声には、有無を言わさない力があった。
あまり話を続けていいような状態には見えない。
だが、彼は承諾以外のどんな返答も許さないだろうと、鶯丸は思った。
言われるまま、再び話をし始めた。