• テキストサイズ

【刀剣乱舞】ラプラスの演算子

第6章 初期化された祈り


 ふいに、嬉しそうなあの声が耳の奥で残響した。

 あまりに鮮やかなそれに、頭を殴られたような衝撃が走る。

 今の今まで頭から抜け落ちていた。

 冷たい驚愕が背筋を伝い落ちていく。

 明瞭な輪郭をもった出来事のはずなのに、なぜ忘れていたんだ。

 確かにあの夜、あの縁側に彼女はいたのに。

 そしてそれを、前田は覚えているのに。

 どうして俺は忘れていたんだ?

 前田は、主の初鍛刀だからか?

 だからもっとあとに鍛刀された自分より、前田の方が主と縁が強く、記憶も残っている――そういうことか?

「……フッ」

 我ながら可笑しくて、そんな笑みがこぼれた。

 立て続けに現れる疑問から一度焦点をはずすと、そこにあったのはのんきな感情だった。

 この感情はきっと、嫉妬とでも言うのだろう。

 人の心ときたら、こんなときにいい気なものだ。

「思い出したさ」

 ひとりごとのように、前田に応える。

 不思議そうな顔で鶯丸を見る前田が、なんだか少しだけ恨めしかった。

 それと同時に、思い出させてくれた感謝も生まれてしまったものだから、始末が悪い。

 状況に振り回されて、どこか目を逸らしていた空虚さと、そろそろ向き合わなければならないらしい。



 そうだ。俺は主に会いたいのだ。

 また一緒に茶を飲みたい。

 他愛のない会話をかわしたい。

 甘味も作ってもらいたいし、自慢げな彼女の笑顔が見たい。

 いつかに彼女のとなりで見上げた空を、また見たい。

 そして伝えたい。

 俺は、とても幸せだと。




「全く、俺の手に余ることばかりだ」

 ため息まじりにそう言えば、前田は瞳をぱちくりさせたのだった。
/ 223ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp