第3章 特別演練
鶯丸は、主が「バルーンアートフェアやってた!」と、万屋から珍妙な形の風船の数々を持って帰ってきた、ある日を思い出した。
細長い風船を器用に刀の形にした鶴丸から、「がら空きだぜ!」と背後から急襲された覚えがある。
バルーンアートにすっかり興奮した誰かから「はいこれ!!」と同じく刀(風船)を握らされ、謎の戦いに突入させられたような覚えもある。
その日、本丸はちょっとした祭り騒ぎになり、破裂音と主の怒号にわいたのも言うまでもない。
あのときの風船を想起させられるほど、向かってくる力が重くないのだ。
しかし、彼の練度は、鶯丸の倍の数字を示していた。
「練度をごまかす細工など聞いたことがないしな……」
「……そんなものないだろう」
否定するが、それは、鶯丸も薄々疑問に思っていたことだった。
90台のときと、あまり“変わらない”のだ。
練度15など、かなり弱くなったはず。
出陣する戦場は、審神者がデバイス表示の鶯丸練度に合わせているためか、さして労せず勝てている。
だからか、弱くなった実感が、鶯丸にはなかった。
「……そんなものないと、思うんだが」
あるアイデアが浮かんだ鶯丸は、出方を窺う鶴丸に、あえてまっすぐ斬りかかった。
当然のように鶴丸の太刀で受けられたが、鶯丸は刀身を押し出した。
全身の力を込める。普段はしない、腕ずく力ずくのやり方だ。
鶴丸がくっと一瞬眉を歪める。その瞬きの直後、力を入れる方向を正面から足元に下げ、鶴丸に受け流させると返す刀で胴を斬り上げた。
ぱっ、と白地に赤が咲く。
仮想とは言えど、気分がいい景色ではない。
「こいつは――驚いた――」
どのステータスの数値も、練度の差から、鶯丸は鶴丸を下回るはずだった。
だが今、戦況を表示する電光掲示板には、鶴丸の方に赤い『重傷』アイコンが点されている。
戦術だとか頭を使って勝利したのではない。
およそ格下が格上相手にしないような力比べで、勝った。
鶯丸の手には、そんな感覚がもたらされていた。