第12章 侵入作戦
「ここで何をしている」
絶対零度の声が右からかかった。
肩がびくりと跳ね上がり、驚いた拍子に持っていた冊子を落としてしまう。音を立てて冊子が床に落ちる。偶然開かれたページは、現場検証時の写真か、鮮血の海を写したものだった。
突然の出来事に頭が真っ白になる。息を吸い込んだままで呼吸が止まっていた。何も考えられないまま、声の方にゆっくりと視線を這わせる。
完全にその姿を視界に入れずとも、わかった。
こちらに切っ先を向ける、和泉守兼定がいた。
「あんた、政府所属の刀剣じゃあないな」
冷徹な瞳に真っ直ぐ睨みつけられる。抜刀状態の彼は、すでにその攻撃範囲内に鶯丸を捉えていた。彼の胸元には、政府所属の刀剣であることを示す記章が輝いている。
彼が侵入者を認識し、排除にかかっていることは、あまりに明白だった。
「……っ」
咄嗟の言葉が何も出ない。自分の迂闊さを呪いたくなる。
冊子を読んでいくことに夢中で、周囲の警戒を怠りすぎた。その結果、こんな近くに接近されるまで、気配すら察せなくなっていた。
頭の中がめちゃくちゃになりそうだ。直近で目にした“回転不変”の姿が、目に焼き付いて離れない。
「どこの本丸の所属だ」
冷え切った声が室内に響く。
目の前の和泉守兼定は、鶯丸が知っている彼とは似ても似つかない刀剣だった。普段の、スカッと晴れた青空を思わせる快活さは微塵もない。なんの偽証も、釈明も聞かないという冷淡な眼光を、1ミリも揺らぐことなく鶯丸に照射している。
彼は、おそらくすぐに職員を呼ぶだろう。当然、立入禁止区域にいる鶯丸は拘束される。芋づる式に、あの審神者も、刀剣たちも問い質され、何らかの処分を受けるのは免れない。
そして、山姥切国広は手遅れになる。主へとつながる手がかりも、何も得られないまま。
絶望感に目の前が真っ暗になっていく。
失敗した――