第1章 主が消えた夜
「なに言ってんだ旦那。先週通達があったって大将言ってただろ」
「宴会のあと寝室に戻るとき『緊張して眠れませんんん~』って泣きごと言ってたよね」
くすくすと燭台切が笑う。
怪訝そうだった薬研も、つられたように苦笑した。
そんな2人を前にして、口元まで湯のみを持って行った自分の手が止まったことに、鶯丸は気付いた。
2人の言っていることが、すぐには理解できなかった。
そんなこと、主は言っていたのか。
いや、昨日は眠れないもなにも、宴会の途中で眠りこけていたじゃないか。
ひとまず茶を一口いただく。やはり食事には茶がなければ。
そういえば宴会が始まる前に、「明日の分の焼きおにぎりも用意しとくから、今日は1人2つまでで勘弁して」と主が大俱利伽羅に言っていたが、明日の分とやらはまだ残っているのだろうか。
その旨を訊くと、2人はそろって顔に「?」を浮かべた。
「焼きおにぎり? 初めて聞く料理だな」
「おにぎりを醤油ダレで焼く、と……いいね。今度作ってみよう!」
やっと返ってきたのは、そんな答えだった。
ひょっとして、アルコールで記憶が飛んでいるのは自分の方じゃないかと思い始めて「茶にも合うと思う」とよくわからない返しをする。
他にもおかしなことになっている記憶はないか、少々不安になってきた。
ビンゴ大会のときは、まだ酒をあまり飲んでいなかった。
印象に残っていることと言えば、長谷部が“主を一日独占券”という景品(?)を引き当てて感涙のガッツポーズ、の後「いや俺に主の貴重な時間を割いていただくなど……っ!」と葛藤していたこと、周りの幾名もの男士が「ずるいー!」「よこせー!」とブーイングしていたこと、だろうか。
それでもウキウキ長谷部のウキウキ加減のおかげで、やりっぱなしの碁盤も無事だろうなどと思っていた。