第1章 主が消えた夜
「おう、おはようさん」
「薬研、おはよう」
だだっ広い大広間には、内番服の白衣をまとった薬研藤四郎がいた。
テーブルには書物が広がっており、書き物をしている途中のようだ。
その付近には、燭台切が用意してくれたらしい食事が置いてある。厚いカツサンドである。
アルコール耐性の高い彼のことだ、翌朝の揚げ物などへでもないのだろう。
席につくと、薬研が尋ねた。
「どうだい、よく眠れたか?」
「あぁ。少々寝坊してしまうくらいにはな」
「ははっ、ならよかった」
安心したような笑みが薬研の顔に浮かぶ。
儚げな容貌からは一見想像もつかない男気を具えているなと、改めて思う。
昨日の宴会で「いち兄介護隊」(命名:鶴丸)の指揮をとっていた姿が思い出された。
その薬研は手元の紙に目を落とし、なにやら書きこんでいた。
広間に小気味よい筆記音が響く。
こんな静かな本丸は久しぶりだなと感じた。
「主は?」
そうだ、ねりきりをまた作ってもらわねば、と思い出す。
三日月に食べられてしまった分も、また鶯丸用に作ってもらおう。
そう尋ねると同時に、「お邪魔するよ」と広間に燭台切が入ってきた。
手にした盆の上には、湯気が立ちのぼる湯のみが2つ置かれている。
「今日は政府からの呼び出しで出かけてるぜ」
茶に口をつけて、薬研がこたえた。
「そうか、急だな」
政府から呼び出し。
そんなもの、あっただろうか? そういった重要そうな類のことは、事前に皆に伝えておくのが彼女だった。
そもそも、政府への呼び出しがあるなら、宴会であんなにはっちゃけないはずだ。
少なくとも、今までの彼女はそうだった。
考えられるとしたら急な呼び出しだが――