第9章 楼閣崩壊と彷徨わない亡霊
気づけば私は膝をつき、手入れを始めていた。
どうして彼がこんな怪我を負って苦しんでいるのか。彼は今日、そもそも出陣のメンバーではなかった。遠征ですらなかった。彼がこんなふうに傷つくわけなんて、あるはずないのに。なぜ、どうして――
そんな問いを解消することよりも、一刻も早く手入れを施さなければという強迫観念が胸を覆いつくした。
何も考えられない。
脇目もふらず、一心に霊力を振り絞る。時刻はとうに丑三つ時を超え、霊力などいつも通り底をついていた。けれどゼロではない。手入れは何度も何度もやってきたことだ。失敗なんてするはずがない。折れていないのだから。
折れていないのだから、手入れをしさえすれば、傷は治る。また彼は元気になる。
そうやって手入れをしている内に、目尻から雫が伝い落ちた。
霊力が、通らないのだ。
ザルで水をくみ上げるように、底の抜けたバケツに水を注ぐように、手入れのために込めた霊力が虚空に逃げていく。
彼の血を止めることもなく、痛みを和らげることもなく、ただ無意味に獅子王をすり抜けて消える。
「……なん……で……」
獣の唸り声が自分の口から這い出た。唇を噛む。視界がぼやけて、世界がその輪郭をあやふやにする。頭に血が上り、ガンガンとうるさく痛んだ。
どうしようもなく自分が苛立たしい。どうして手入れがうまくいかない? 霊力が足らないから? 霊力が尽きかけているから?