第1章 主が消えた夜
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遠くから誰かが近づいてくる。
ぼんやりとした聴覚が、覚醒を促してきた。
浮上してきた意識を掴み、ゆっくりと体を起こそうとする。
「……あっごめん、起こしちゃった?」
と、目に入ってきたのは燭台切だった。申し訳なさそうに苦笑している。
彼はふすまを開けたまま、部屋に半分体を入れて膝をついていた。
その手元には、鶯丸の内番服などの衣服が畳んで置いてある。届けに来てくれたらしい。
「これは内番服、これは寝るときの着物で――」
燭台切は丁寧すぎるほど丁寧に説明した。
まるで鶯丸に、その衣服を初めて見せるかのような口ぶりだった。
ふすまの外を見ると、太陽は昨日より高い位置で照っていた。
いつもなら近侍の誰かが総員起こしに来るはずだが、二日酔いでダウンしているのだろうか。
しかしこの燭台切、いたって平常運転である。
「寝坊してしまったようだな」
「あぁ、いいんだよ。まだ顕現されてばかりだからね、これから起床時間を合わせていけばいいって主も言ってたよ」
「そうか。……ん……?」
「じゃ、広間に食事を用意しておくよ。困ったことがあったらいつでも呼んでね」
「……あ……あぁ、わかった」
爽やかな笑みを残し、燭台切が部屋を出ていく。
途中でよくわからないことを言っていたが、見た目に出ないだけで二日酔いなのだろうか。
服を着替え、支度を整える。
記憶の中の内番表によると、たしか今日は馬当番が回ってきているはずだ。
相方が誰かは覚えていないが、寝坊したことを咎めない人物だといい。
部屋を出て広間に向かったが、広間の前につくまで誰ともすれ違わなかった。
まさか相当な人数がダウンしているのだろうか。それとも、皆すでに出陣や遠征に行ったのか。
昨夜宴会が行われた広間に踏み入ると、意外でもない人物が出迎えた。