第9章 楼閣崩壊と彷徨わない亡霊
夜風が騒々しい。
心地よい程度の風切り音は、普段なら寝つきをよくするBGMだった。だが今は、その風の音に混じる”何か”に耳をそばだてているせいか、目は覚める一方だ。
「誰か、いるの……?」
すがるように尋ねる。考えてみれば、話しかけるのはこれが初めてかもしれなかった。
襖の向こうで、微かに衣ずれの音がする。人の気配がした。誰かが息を潜めて、こちらをうかがっていた。
私は意を決し、音をたてないようにゆっくり立ち上がる。
襖に手をかけ、それをそっと引いた。すると夜闇から現れたのは、
「……骨喰」
意外なことに、人影は骨喰藤四郎のものだった。
彼はうつむきがちになって、ぼうっと廊下に立っていた。
右手で左肘を力なく掴んでいる。一見すると左腕を負傷しているかのような立ち姿だが、全員手入れは終わっているはずだった。
瞳の焦点は床に落ち、憂いを帯びた表情は今にも消えてしまいそうな、儚げな印象を与える。
しばらくまともに目を合わせることもなかったからか。月の光を受けた骨喰の頬は、普段より一層白く感じられた。
その蒼さすら感じられるほどの白さを、つい最近も目にしたことを思い出す。
それを、失ってしまったことも。
「……どうしたの?」
骨喰は顕現された当初から、コミュニケーションをとることに消極的だった。必要以上のなれあいは好まない性格だと思っていた。だからこそ、こんなふうに夜、突然訪れてきたことが意外だった。
それだけではない。
頭の隅で、静かにサイレンが鳴りだしていた。どうしようもなく嫌な予感が、背中から冷たい温度を伴ってせりあがってくる。
初めてではない。
、、、、、、、、、
これは2回目なのだ。