第9章 楼閣崩壊と彷徨わない亡霊
鶯丸は慣れた手つきで準備を始めた。
あらかじめ火にかけておいたのだろう。やかんの底からは泡がぷくぷくし始めていた。
鶯丸が茶缶の蓋を開けると、ふわりとお茶の香りが広がる。
微かなそれは、長らく嗅いでいないような気がした。
やがて湯が沸くと、やかんから湯気が噴出し始める。
鶯丸は火を止め、ゆっくりした所作で茶を淹れ始めた。
鶯丸が自分で茶を淹れるところは、あまり見たことがなかった。たいてい誰かに淹れてもらっていた気がする。
手際よく作業を進める鶯丸が少しだけ、知らない誰かに見えた。
「最近仕入れた苦くて濃い茶葉だ。主の好みだろう?」
手元から目線をあげ、鶯丸が柔らかくほほえんだ。一瞬目を奪われる。
彼はこんな親しげに、優しく笑う刀だったか。
その微笑を目にして、どうしようもなく胸が締めつけられる。
どうしてそんなふうに胸が痛むのか、自分でもわからなかった。