第69章 私は…
そんな、初めて見る様な泰葉の顔に、杏寿郎はクスッと笑みを漏らす。
「わ、笑った…!やっぱり酷い顔なのね…!!見ないで!」
またお絞りを当てようとする手を制し、杏寿郎は顔を覗き込んだ。
笑われるほど酷い顔なのに、こんなにマジマジと見られるのは泰葉も落ち着かない。
「杏寿郎さん…やめて…」
杏「こんな顔の君は初めて見た。まだまだ泰葉さんについて知らないことが沢山あるようだ。」
杏寿郎はやんわりと泰葉の頬を包むように触れる。
ふと笑うその顔には、寂しさのようなものを潜ませているようだった。
(杏寿郎さんにこんな顔をさせたのは…私…。)
泰葉の胸がキュッと痛む。
杏「泰葉さんを泣かせないと…誓ったのに、こんなに泣かせてしまったな…。
クリッとした君の目が腫れてしまうほど…。」
「…杏寿郎さんのせいじゃないの。自分が全て招いたこと。
自分で言った言葉に悲しくて泣いているのよ。」
杏寿郎は頬を親指でそっと撫でる。
それは少しくすぐったくもあったが、杏寿郎に触れられているという実感が湧き、嬉しかった。
杏「それは、婚約を破棄する…と言った事か?」
泰葉はコクンと頷く。
杏「泣くほどに後悔している…、そうとって良いのだろうか。」
杏寿郎は泰葉にそう問いかける。
自分であんなに生意気に断りを入れたくせに、正直に後悔していると言うのは、なんとも情けない。
「………。」
杏「本当に破棄したかったのか?」
「したくありません…でした。」
バツの悪さに目を逸らす。
その視線を追うように杏寿郎は顔を動かしてくる。
これでは幼子に言い聞かせている親のようだ。